には居ないとだけで取りつく島がありません。係りの人たち自身がこの一二年の間にスッカリ入れ變つてしまつていて、戰爭中までの人事などのくわしい事をおぼえている人が、ほとんど居なくなつているようでした。
そのうちに、課員の中でも古參らしい男が「そうだ、撮影所の方に以前、たしか立川とか瀧川とか、なんでも、そんな名前の女優が大部屋に居たような氣がする。もしかすると違うかもわかりませんがね。なんなら、撮影所の方へたずねて行つて見たらどうですか?」と言つてくれました。
それで僕はT映畫撮影所に行きました。そこの係りの人は忙しいせいもあるでしようが冷淡で、なかなか相手になつてくれませんでしたが、僕がテイネイにしつこく頼んだら、古いカードなどを調べてくれ、立川景子というのが戰爭中一年間ばかりそこで働らいていた事だけはわかりました。ごく下つぱの女優らしい。しかし、かんじんの住所を見ると、あなたの書いてくださつたリストにあるのと同じで、それなら既に僕が調査ずみで、そこには立川さんはおろか家もありはしないのです。ガッカリしていますと、わきで、すこし前から係りの人と僕の押問答を聞いていた五十がらみの男(後で知りましたが、これは、もと映畫俳優をしていて現在は事務の方をやつている人だそうでした)が「ああ、立川景子なら、たしか某々のハダカ・レヴュに出ていると誰かが言つてたなあ」と言葉をはさんだのです。
それでその人に聞き、僕はその某々劇場に行き、それから又、別の劇場へ行き、その二つともムダで、次ぎの丸々劇場で、やつと立川さんに會うことができました。こんな某々だとか丸々などと書くのは變ですが、立川さんは、
「私がこんな所で働いているなんて人に言わないでね。とくに三好さんと言うのには、一二度會つたこともあるし、今の私の居所なぞ、絶對に言つちやいけない」と言うのです。名も全然變えて働いているのですし、しかもスタアなどでは無いのですから、そんな心配はする必要は無いのですが、現在の自分を立川景子として知られるのが、しんからイヤらしい――と言うよりも怖いらしいのです。
立川さんに僕が會つたのは、その、もと映畫館だつたのをチョット改造してレヴュ小屋にした某々の、舞臺の横の地下室の樂屋の奧です。地下室と書いても樂屋と書いても、實はピッタリしないような、極端にきたない、狹い穴倉みたいな所です。幅も、高さも一
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