た聲で
「だから……そうなんですよ。さつき、自由が僕らに與えられたのはウソだつて僕が言つたのは、その事なんですよ」
「あら、どうして? それとこれとは、違うわよ」
「……同じだなあ」
「だつて、そんな事言つて、あなた、貴島さん、じや、何をあなた知つてるの? いえ、あなた、どんなもの突きつけられてんの?」
 言われて貴島はケゲンそうな目をしてルリを見ていたが、しまいに、
「そうだなあ、知らんですねえ、なんにも」あと、ニコニコ笑つた。釣られてルリもその子供らしい言い方にまだ涙の溜つている目のまま、笑い出した。何かが内側から開いて來るような笑い顏であつた。
「つらいわあホントに、あたしたち!」しかし、つらそうでは無く、既に快樂のことを語るように、
「だけど、どう言うんでしよう男の人なんて? こんな事を言うの。そんなに大げさに考えるなよ、ルリちやん、たかがタッチに過ぎないじやないか。人と人とが握手するだろ、手と手がタッチするのさ、皮膚と皮膚が。そいから、ホッペタとホッペタ。そいから、唇と唇。キッスだあ。そいから、……すりやあ、惡い氣持はしない。するてえと、どこからどこまでが善くつて、どこからどこまでが惡いんだい? 手と手なら善くつて、足と足じや惡いのか? 人間なんてそんなもんさ。タッチだよ一切が。あんまりシンコクになるな。氣がちがうぞ。エッヘヘ。……そう言うの。そうかしら、先生」
 そして、私がまだなんとも言わない内に、ケラケラ笑いながら、貴島の方に横眼をくれて、まだ濡れているように見える片眼で音のするようなウィンクをした。
 間も無く、しかし、腕時計をのぞいたルリが、「あらもう十時半だわ」と急にあわて出し、するとこの女のいつもの例で、もう立つてペコンと頭を下げると、玄關の方へ歩き出していた。自然に貴島も座を立つて續き、二人並んで、靴を穿いた。「そいで、綿貫君は――?」「だから要領よくやります。フフ!」「いえさ、今夜も、すると、これから小屋へ行くの?」「いえ一度うちへ歸るんです。どうせ、今夜のお稽古はスッポかしてもいいの、明日の朝早く行きや――」「そうか。しかし、こうおそいのに君一人じや高圓寺の奧までは物騷だが――」
 貴島の住所を聞くと荻窪だと言う。「じや、御足勞だけど、君、綿貫君を家まで送つて行つてあげたら?」
「はあ。……」
「そう? すみません」ルリはうれしそうにニ
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