かつた。杉田や久保の前では話せないらしいのである。
 するうち、綿貫ルリの事を私が、言いだして見た。その後ルリは君んところに行つたかと聞くと、「いいえ」と言うから、これこれで、實は今日Nのスタジオに訪ねて行つたが不在。國友の部下に連れ出されたらしい言うと、急にギラリと例の眼色をした。
「……そうですか」しばらくしてから言つて、心配そうに考えこんでいる。私は國友と私との關係を手短かに話し、二三日前の會見のこと、ルリの事についても國友に一通り話して置いたから、彼の關する限り、ルリの身の上にそれほどまずい事は起きないと思つてよい事を言つた。貴島はいくらかホッとしたようであつた。
「なんです?……國友がどうしたんですと?」杉田がこちらを振向いた。
「いや、なんでもないよ」と私が言うと、杉田はチョッと變な顏をして貴島に眼をやつたが、やがてその貴島がウィスキイのびんを取り上げて酌をするのに「おつと!」と唇を持つて行つた。
 そんなふうにして、どれ位の時間が過ぎたろうか? 夜が更け、そのうち、全く出しぬけに、血なまぐさい鬪爭が始まるまで、壕の中は男ばかり四人と、酒とコーヒーとタバコの匂いと、なごやかに滿ちたりた空氣だけだつた。

 鬪爭と私は書いたが、それがどんな鬪爭であつたか、實は私にハッキリした事は言えない。暗かつたし、双方ともほとんど聲を立てなかつたし、第一、アッと言う間にはじまつて、そして何がどうなつたかがのみこめない内に、サッと終つてしまつていた。時間にしても、ホンの十分間たらずの間の事だつたろう。しかも私はその場に居合わしたとは言いながら、鬪爭は地上の燒跡で行われ、その間私は壕の中に居り外へ出て行つた時には、一切が終りかけていた所だつたのだ。
 今思い出して見ても、あの鬪爭が現實に行われたものかどうか、妙にうたがわしくなり、ホンの一瞬の幻影を見ただけのように思われる。とにかく、以下、私の見聞を、順序を追つて書いて見る。
 ハムかなにかをモグモグと食つていた久保が、フッと口を動かすのをやめ、何かに耳をすます眼つきをして
「誰か來たよ」
 ポツンと言つた。
 杉田も貴島も私も一度に默つてしまつた。急にあたりがシーンとなつて、燒跡の郊外の夜の靜けさが、身にしみるように感じられた。人聲も足音も聞えない。何を言つているのだろうと思つて私は久保の方を見た。杉田はスッと坐り直して、
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