「小松薫……さあ、知りませんけど――」
もうスッカリ夜になつていた。夕飯のことを私が言うと、ルリは、すまして來たと言うし、貴島もひるめしがおそいので食べたくないと言うので、私だけ中座して夕飯を食べることにした。居間の方で私が食事をしている間、二人の話し聲がし、ルリの笑い聲もきこえて來た。私がもどつて來て見ると、二人は壁のそばにピッタリと寄り添うようにして笑つている。後から思うと、それがチョット妙だつた。しかしその時には、べつになんとも思わなかつた。ただ、そうしている貴島が、ほとんど別人のように快活になつて、顏のツヤまで良くなつている。
「そりや、あたしには、むずかしい理窟はわかりませんわ。戰爭の善し惡しだとか、日本が負けちやつたことにどんな意味が有るかとか、わからないの。ただこんなふうになつたおかげでオイラは、だな――あら、ごめんあそばせ。わたしたち、こんなふうになつたおかげで、自由になつたことは事實。それがうれしくつてしようが無いんですの。それだけだわ。それでいいんじやないかしら?」
「なんの話?」
「いいえ、貴島さんがね、こんなふうになつてしまつて、どうしようもないとおつしやるから、私はそいでも、まだ以前よりもこの方がいいつて言つてるんです」
「そりや、君など戰爭をくぐつて來たと言つてもズットまだ子供だつたしね、言わば、戰爭後に生れ出した、つまり一番新らしい人たちとも言えるんだからね。それに、以前の君の家が家だつたし―」
「そうよ! 今だつて、先生、あんな燒け殘りの防空壕みたいな所に住んでいるくせに、お母さまなど、人が訪ねて來て、すぐそこの鼻の先きに立つてるのを見てながら、フフフ! お姉さんか誰かがお取次ぎをしてからでないと、その人と話しをしようとはなさらないの! まるで、キチガイ病院! ハハ!」
「そうかねえ」
「ところで先生、御相談があるんですの。もうすぐ今夜つから私困るんですから。私、自分の心をハッキリきめて置かないと、どうしていいか、わからないの。とても、とても苦しくつて。私、死んでしまおうかと思う事があるんです」
それをしかし、浮き浮きと、言う。
「……なんだね?」
「ですからさ、はじめ申し上げた……ザコネ」
「……舞臺でやらされるのかね?」
「あらあ、舞臺でなら、どんな事をやらされたつて、もつとスゴイことやらされたつて、私、平氣だわ。ヘーイチャラ
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