す。
 しかし、その前に、チョット、綿貫ルリさんの事を書いて置きます。この前佐々が此處に來た時に、あなたが、しきりと「貴島君はルリに一體どんな事をしたんだろう?」と氣になすつていたと言いました。それなのです。あの晩のことをチョット話して置く必要があると思うのです。

        19[#「19」は縦中横]

「と言つても、實に簡單な話なんです。あの日、あなたの所でルリさんに初めて會つた時は、ただ勇敢な女の人だと思つただけで、特別な氣持は起きませんでした。普通の若い娘としては、かなり變つた所がありますが、しかし、變つた女なら、ほかに僕はいくらでも知つているのです。ですから、かくべつ、親しくなりたいなどとは思わず、あなたがたの會話を傍聽していました。
 僕が不意にあの人に引きつけられるような心持になつたのは、あなたが食事をしに中座されてからです。と言つても、あの人と僕との間に特別の話が出たりしたわけではありません。それまでの話題であつたR劇團のことなどを話しただけです。あの人はR劇團の男の連中のダラシなさの事を手を振つたりして話しながら、僕の方にだんだん寄つて來るのです。夢中になつて、横の方から僕の肩を押すようにして身體を寄せて來ました。見ると小鼻や口のわきに細かい汗のブツブツを浮かせています。
 僕は壓倒されるような氣がしました。なにか、いじめられているような氣がしました。すこし息苦しくセツないような感じでした。後から思うと、その時に、僕はルリさんに、引きつけられてしまつたらしいのです。しかしその時にはあの人からいじめられているよう氣がしたのです。僕は、小學校の二年か三年の時分、遠い親戚の節ちやんという、僕と同じ年の美しい女の子から、誰も居ない應接室のソファの所でおさえつけられて泣いたことがありますが――僕はそのころ弱蟲の少年で、節ちやんと言うのは、僕より力の強い、オキャンな子でした。――その時の事を僕は思い出しました。
 そのうちにルリさんは僕の困つているのに氣がついて、自分でもビックリしたようで、暫く默つて僕を見詰めていましたが、やがて笑い出しました。僕も笑いました。それから間も無く、あなたが戻つて來たのです。
 あとの事は、あなたも御存知の通りです。そしてルリさんも僕も歸ることになり、あなたからルリさんを送つて行つてあげたらと言われ、僕は、うれしい氣持がしま
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