と思いこんでいるのだが、他にどんな事をしているか知れたものでは無い。佐々の話の中のNなどと言つた、永年そのような世界でそのような事をしている男は、別に差し當りの惡氣は無くても、世間を知らない若い女の一人や二人、どんな所までも追い込んで行ける。そういう消息は、佐々などより私の方がよく知つている。若い眼はどんなに鋭くても一面しか見ない。物事の裏の裏の、きたないドブドロまで見る事は無いのだ。
問題はルリの、あの氣性だ。それは強い。しかしあんなふうの強さほど、弱いものは無いとも言える。強さが一方の方へグッと傾いている時に、その傾きかたが激しければ激しいほど、後ろからヒョイと押されただけでも、ガラガラとすべり落ちて行く穴の深さだ。當人が自分の意志で前へ進んでいるのだと思つているだけに、轉落は加速度を増すのだ。
ハラハラして私は佐々の話を聞いた。にわかに自分の考えを述べたりすることが出來なかつたのも、そのためである。それから二三日の間、それが絶えず頭に來た。義兄の小松敏喬の方へ知らせてやつて、一應、家へ引戻すなり何なりさせ、自分の引受けている責任のようなものも、のがれようとも思つた。しかし、あのルリが、誰から何と言われようと、おとなしく家へ戻るとは、考えられない。この間會つた時の調子では、ヘタに引き戻そうとしたりすれば、更に遠い所へ逃げ走つてしまう可能性がある。すると、その事を充分に言い添えた上で、小松家の人に話して、ルリに對してすこしも手出しをしないで、ただ彼女が無事で東京に住んでいることを知るだけで滿足しているように言うべきであろうか。だが、小松敏喬はじめ、話を通して想像される小松家の人々が、それだけで滿足しておれる人たちでは無いように思われる。すると、事態をこれ以上惡化させないためには、小松家の人々には氣の毒だが、ルリの事を知らさずに、このままソッとして置くほかに無い。とにかく、ルリが今どんな事を考え、どんな事をやつていようと、すくなくとも、所在だけはハッキリしているのだ。
だが、それで、よいだろうか?……いろいろに考えた。いずれにせよ、私自身、近いうちにそのNのスタジオを訪ねて、蔭ながらでもルリの所在をたしかめて來よう。と考えながら、佐々の話の中のルリが、その白い身體をひろげたり、伸ばしたり、くねらしたりして、ユックリと動いている姿が、私の眼の前に浮びあがつて來た
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