と深い、つまり共産主義などには關係の無い、前時代者に對する不信があるらしい。「お前さんたちに話したつて、何がわかるものか!」と言つたような輕蔑だ。そして、その輕蔑を、かくそうとしない。それほど強く輕蔑しているとも言えるし、單純だから、かくそうと思つても、かくし得ないとも見られる。
長々と綿貫ルリのことを語る佐々の調子には、私に對する不信と輕蔑がこめられていた。語り終るや、それについての私の意見や感想など聞こうともしないで歸つてしまつたのも、それだ。「深刻ヅラして坐つていたつて、オツサンにやホントの事はわからんよ。話だけは聞かせてやるがね」と言われたような感じだ。
そこには、男らしくピリリと冷酷な快感のようなものが有る。ベタベタと尊敬されたり信頼されたりするよりも快よい。それに無理も無いとも思うのだ。あの若さで、戰爭の中をくぐつて來なければならなかつた。ほかにどうなりようがあろう? 戰爭に依る文化教養の空白だとか虚脱だとか言い立てて、とがめる事は出來よう。いくらとがめられても、しかし、青年たちにとつて、ほかに、どうなりようがあつただろうか? 青年は、いつでも善かれ惡しかれ青年らしく輕々と生きる。そのために時代と時代との間に陷沒が起きても、それがそうでなければならぬ事ならば、それでよいではないか。誰にその陷沒が埋められるだろう。もし埋め得るものならば、それは、倫理學者や文化主義者たちの努力などでは無くて、青年自身が生命を燃やして生きることで、埋めて行くだろう。……
「そうだそうだ、君たちは、俺なんぞを輕蔑しろ。それでよいのだ。それ位でなければダメだ。しつかりやれ」正直、佐々に對して私はそんな氣がしたのである。
しかし、話の内容には、チョット困つた。
佐々兼武は、話を面白がり過ぎて、誇張している。多少は嘘も交ぜているようだ。しかし大體は嘘では無いらしい。ルリが自分の美しい肉體をさらして裸體寫眞のモデルを始めている。……家を飛び出し、R劇團をやめたとなれば、すぐに生活の事があろうから、金を稼ぐためもあろう。いくら困つても、親戚知友をたよつて行く女では無い。それ位のことはするだろう。
だが、それにしてもすこし度が過ぎる。いつたん、そこまで行つてしまえば、もつと極端な所まで落ちこむのは、紙一枚だ。いや既に現在、佐々は裸體モデルになつている所だけを見て來て、それだけだ
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