(二人がその方を見ると、不意に顔色を変へた香代が、今迄ハシヤいでゐたのを突然に止めて、顔をそむけたまゝ土間の真中に突立つて石の様になつてゐる。……間)
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香代 ……。ふつ! 畜生。……志水さん、あんた達あ、腑抜けかね? ……死んだ島田さんの事やなんか、会社へかけ合ふと言つてゐたのは、どうなつたんだよ? (と、何のキツカケも無く、出しぬけに真青な顔になつて、全く別の事を言ひ出す。酔ひがこじれて、蒼白く気味の悪いやうなからみ方である)え?
志水 なんだ、急に?
香代 へん、お前達はそれでも男か? それでも人間か? 島田さんとこの婆さんはな、もう食へないし、会社からの金は払下げて貰へないし、ニツチもサツチも行かなくなつて、泣くにも泣けないで真青になつてゐるんだぞ!
志水 ……急に又、そんな――。
香代 言ふぞ! 言ふとも! それが、さうしてベンベンとして他人が良い様にして呉れるのを待つてゐるばかりが、死んだ友達、死んだ仲間のために為てやる事なのか? へん! それでゐて、詰らない、馬鹿々々しい話になりや、人の事にまで頭を突込んでなんだかだと、ぬかすんだ!
志水 香代ちやん、俺あ留公の事を、からかつて話してゐるんぢや無えぜ。ほかの連中は知らねえ、俺あ――。
香代 あんな奴の事なんぞ、誰が言つたい? 私あ、お前さん達仲間の意気地無さの事を言つてゐるんだ! お前達あ人間の屑だ!
より 香代ちやん――!
志水 アハハハ。いいよ、言はして置けよ。今のところ何と言はれても仕方が無え。(真率に)しかし、なあ香代ちやん、俺達あ、止しやしねえぜ。はたから見てゐると、何もしないでボヤボヤしてゐるやうに見えるかも知れねえけど、実は、そ言つたもんぢや無いさ。
香代 へん、ぢや何故、早く――ぶつぱなしてやらない?
志水 せつかちな事を言つたつて始まらねえよ。明日や明後日おしまひになる仕事をしてゐるんぢや無い。島田のバイ償金だけを倍か三倍かにして取つちまやあ、あとはどうでもいいと言ふ話なら別だが、事はそれだけぢや無え。
香代 そんな事を言つてゐる内に、島田のお婆さんは子供を抱いて明日にでも身投げでもするかも判らないよ、へつ!
志水 ぢやお前は、俺達仲間で、人数は少えけど十人ばかりの家で順繰りに、バイ償金がさがる迄、島田んとこの遺族に毎日炊出しをしてやるやうに決つた事は、知らねえんだな?
香代 へーん? ……そいで、あと、どうするんだよ?
磯 ……香代ちやん、これでお前の物、すつかりだけど――(と言ひながら奥から、手に二三の下着類を持つて出て来る)おやいらつしやい。早いのね?
志水 本社へ来たついでに、ベツピンの顔を拝んで行かうと思つてね。
香代 ねえ、そいで、あと、どうすんだよ? (と変に真剣にしつこい)
志水 まあいいよ。お前、酔つてるよ。
香代 酔つてる? 酔つたがどうした? 言へねえもんだから、人の事を酔つてるなんぞとぬかしやがつて! おい! お前達みてえな、ロクで無しの人夫がな――畜生! 馬鹿にするない! (怒つて志水にかゝつて行く)
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(そこへ表からヌツと入つて来る留吉。先に此処を出て行つたのと殆んど同じ装。出合ひがしらにお香代の狂態なので、入口の所で立止つて黙つて見てゐる)
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より 香代ちやん、いけないよ! (とめる)
磯 どうしたんだよ?
より なに、少し飲み過ぎてんですよ。香代ちやん、あんた、今日住替へに出立するんだよ、しつかりして呉れないと困るよ。
香代 なによ言つてゐやがる! (より子の止めるのをきかず、あばれ廻る。その辺に出てゐる物を投げ飛ばしたり蹴つたりして狂態を尽す)へん、住替へがどうしたんだつ! 来い、野郎! ち、畜生! 野郎! ひとで無し! 情知らず! 馬鹿! (あばれ廻る)
より (留吉を発見して)あ、留さん!
志水 留公! 戻つて来たのか?
香代 なんだつて? 又、私の事をひやかすのかつ! 畜生いい加減にしろい! (酔つてチラチラする眼で、その辺を泳ぎ廻つたあげく、留吉の立つてゐる姿を発見する)……なんだい? (顔を突出すやうにして、留吉を見てゐる)
留吉 ……住替へをする事になつたんだつて?
より さうよ。香代ちやんもう直ぐ出立する所なのよ。
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(香代はポカーンと無言で留吉を見詰めて立つてゐるばかり)
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志水 国の方は、どうしたんだ?
留吉 ……うん、百姓したつて、詰らねえ。此処の方がいいや。此処で住むつもりで戻つて来た。済まねえが、又一緒に働かしてくれよ。
志水 そいつはいい! さうか、そりやいい!
留吉 おかみさん、お香代は、いくらで住替へる事になつてんです?
磯 なにか――?
留吉 金高を聞いてゐるんだ
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