になるかもわからない万年臨時工の金ちやんですよ。あなたのお好きな志水の兄きで無くつてお気の毒様みてえだ。それ、ポーツと来た。どれどれ。(逆さに覗く)
より あれつ! (裾を掴んでマゴマゴしたあげく、ペツタリ坐り込む)
香代 馬鹿だねえ、早くお行きよ!
辰造 なあ、より公! うどんの値段は私達のせゐぢや無いと香代ちやんが言ふがな――。
より 行つとくれよう! 私、立てやしないぢやないか。
辰造 ぢや、お前達を抱いて寝る値段も、お前達のせゐぢや無えのか? それ、聞かう?
香代 馬鹿、お行きつたら!
金助 そこん所を聞かねえぢや、一寸だつて動かねえ!
香代 よし、そんぢや、こら! (と持つてゐた茶碗の中味を二人に向つてぶつかける)
金助 わつ! な、な、なんだ! (顔を手で拭く)
辰造 ウエ! 変に甘えもんだぜ、全体なんだい、こりや?
香代 行かないと、もつと投げるぞ!
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(辰造と金助は元気に、トロツコを押し去る)
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金助 しよんべんぢや無えだらうなあ。ペツ!
辰造 おぼえてろ! 今夜行つたら、どうするか!
より (叫ぶ)ホントに今夜遊びにおいでよ、なあ!
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(急に静かになる。短い間)
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香代 ……(男達に見せてゐた顔とは全く別な寂しい表情)用つて何?
より あんた、お乳をぶつかけたのね、もつたい無い。
香代 フン。……張つて仕様が無いんだもの。店にゐりやさうでも無いけど、此処へ来て、山の方を見てると、張つて来るんだ。
より だから来なきやいいつて言ふのに。
香代 さうさ。……だのに、夕方になると、足が此方へ向いてしまふ。
より ……もうだいぶ大きくなつたらうねえ。私あ、子を持つた事は無いけど、どんなんだらうねえ、あんたの気持。(遠くを指して)あの辺ね、新村つて言ふ所?
香代 いえ、もつと右のさ、そら、あの黒く見える尾根がズーツと裾を引いて、その先がポツンと切れてゐるだらう? あの向ひつ側が新村さ。貧乏な村でね、その家ぢや、三吉の事、本当の子の様に可愛がつて呉れるけどさ、なんしろ家の中に豚が飼つてあるんだから。臭いのなんのつて!
より アハハ。豚をねえ! そいぢや臭いわ。
香代 三吉も、今頃は豚と同じ匂ひになつてるだろ。
より まさかあ! ハハハ。ちやんちやんと、あんたから金が届けてあるんだもの、先方でも大事に育ててゐるさ。赤ん坊は良い匂ひがするもんねえ。私あ国でいつか姉さんの子を抱かされた時にね、あのムーンとする匂ひがたまらなく良くなつちやつて――。(フイと見ると、香代が胸を両手で抱いて身をもむやうにしてゐる)――あら、どうしたの?
香代 ……(唸る様な泣声)
より なんだい、急にまた、お香代ちやん……泣いちや駄目だよ。
香代 いいよ! (相手の手を邪慳に振り払ふ)どうなるもんか。
より だけど、その亡くなつた三ちやんのお父つあんの家ぢや、あんたを、どうして構ひつけてくれないのかね。町の紙屋で立派にやつてゐるつてえぢやないか?
香代 ……あんな不人情な奴等の世話になる位なら、三吉は私が殺してやるよ。その方が慈悲だ。あの人の病気がひどくなつた時も、知らしてくれやしない。……それでいいかも知れないさ、私あ、こんな炭坑町の飲屋の女だ。
より だけどさ、そいでも――。
香代 うるさいねえ! あんた帰つて頂戴よ。
より そりや帰るけどさ、私あ、あんたを呼びにやられたんだから――。
香代 又会社の近藤が来てんだろ? 話は聞かないでも解つてる。
より んでも、お神さんも間に立つて困つてゐるやうだよ。蔦屋の店を開く金は大方近藤さんが出してくれたつてえからねえ。
香代 それとこれとは話が別ぢや無いか。私はお神さんから前借して来てゐる人間だよ。お神さんと近藤がどんな関係になつてゐるんだか、私の知つた事かね!
より そりやさうさ。全体、あんたを金で縛つて妾にしようなぞと、いくら近藤さんが会社の課長さんかなんか知らないけど、きたないよ。だけどもあの人を怒らしちまふと、蔦屋はおろか、此の土地に私達居れなくなつてしまふんだよ。
香代 ほかの土地へ行くさ!
より だつて、さうなりや、あんただつて坊やの所からもつとズツと離れてしまふ事になるんだよ。
香代 ……ぢや、ひと思ひに、死んじまふか。
より え! ……(ギヨツとして見詰める)……あんた、まさか……?
香代 ハハハ。死ぬ死ぬと言ふ奴に死んだためしが無いとさ。アハハ。
より あゝびつくりした、あんた大変な眼付きをするんだもの。
香代 ちよつと、おどかしてやつたのさ。よりちやんがあんまり臆病だから。
より 早く帰らうよ。もう日が暮れる。さうで無くつても、此処の切通しではこれまで何人飛込みがあつたか知れないんだからねえ。(
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