え! あれでも置いときや未だ結構一夏位着れるのにさ。ま、いいや。……あの、そいからね、これは私の使ひ古しでなんだけれど、締めておくれ。地味であんたにや少し可哀さうだが、物はこれでも博多なんだから。
香代 ありがたう。……そんな事、なさらなくてもいいんです。
磯 いえね、お前が今度の住替へで色々と無理をしてゐる心持あ、私にも解るつもりだよ。別に大したお世話をしてあげた訳でも無いのに、私の事を考へてくれるお前の志しを思へば、何とかもう少し恰好を附けてあげなきや済まないんだけど――。
香代 ……そんな事、ありませんよ。
磯 女世帯を張つてかうしてゐると、人の知らない苦労があるもんでね……近藤さんとの事にしたつて、私が好きこのんでの話ぢや無いものね。女なんて、一人でおつぽり出されりや、弱いもんさ。どうかね、私がお前の事を、そねんだり、……なんかしてこんな目に会はせるとだけは思つておくれで無いよ。
香代 とんでも無い、お宅からの前借は未だソツクリ残つてゐますし……それに近藤さんに金を借りたりしたんですから、私が悪いんですよ。自分で望んで他所へ行くんですから、おかみさんが気の毒がつて下さる事はありません。
磯 さう思つてくれりや、私はありがたいよ。そいで残金の百七十円は、先方へ行つて鑑札が下りれば、お前にぢかに渡してくれる話になつてんだからね。……これからお前も大変だ。港町と言やあまた此処いらとは一倍人気も荒いだらうし、お客も性の知れない人が多い。身体だけは大事にしておくれよ。(泣いてゐる)
香代 ……(これは泣くなどと言ふ気持はとうに通り過ぎてしまつてゐる)おかみさんもお大事に。
磯 そいで三吉ちやんの方は、どうして来たの?
香代 昨日いたゞいた金をソツクリ置いて来ましたから、半年一年うつちやつといても育てて呉れるでせう。先方でも割に可愛がつてくれますしね。私の身の上にもしもの事が有つたら、うちの子にしてもよいと言つてゐるんです。ハハ。
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(表からより子が、買つたばかりの安物の小さいバスケツトを下げて戻つて来る)
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より たゞ今。栄町迄行つて、やつと有つた。眼が飛出るぢやないの、これで二円五十銭ですつてさ!
磯 しかし、こりやなかなか良い品ぢやないか。
より 二円にまけろと、いくら掛合つても、まけやしない。
磯 お前、香代ちやんに
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