おい! (と傍の人達を突きのけて轟の胸倉を掴んで掘割の傍まで引きずつて来る)
轟 な、な、なんだ? 何を無茶な――。
利助 貴様、俺を売つたな? 倉川に俺を売つたな、貴様?
轟 なに、売つた?
利助 惚けようたつて駄目だぞ! これを見ろ、これを! 畜生! (ピシリと相手の頬を打つ)
轟 乱暴するなあ止せ! 全体どうしたと言ふんだ。
利助 だから、これを見ろと言つてゐるんだ! (轟が片手で頬を抑へて、利助から封筒を受取つて開いて見てゐる)畜生! それも、倉川が自分の手でやるんなら、まだ男らしくつて話あ、解るんだ! 弁護士なんかに頼みやがつて、銀行名儀で営業停止の内容証明なんぞで送り附けるたあ、なんだつ!
轟 なるほど、さうだが……しかし、私ん所にや来てない――だらうと思ふんだ。
利助 だから、だから、お前、此の俺を倉川に売つたんだ!
轟 いや、そりや私んとこにも来てゐるだらう。今朝家を出たつきり未だ帰つて見ねえんだから――。
利助 嘘をつけ! 貴様あ倉川と腹を合せて俺を引つかけやがつたんだ! 俺あな、俺あな、もともとウヌ一人の鼻の下を心配してかうして頑張つてゐるんぢや無えんだぞ! 無けなしの金をはたいて、たとへ一株でも二株でも製板の株を買つてよ、それで以てズーツと製板で働いて来た村の連中はどうなるんだ! 五十人からの人間が、そいでどうなるんだ! 製板が倉川の手に渡りや、それがみんな、以前の様に百姓をやつて行かうにもタンボは無し、持つてる株はフイになる、金は無し、食へねえとなりや、よその土地へ流れて行つてウロウロしなきやならねえんだ! なるほど此の俺あ、ゴロツキ山師だ。昔つからのならずもんだ。しかし、お互ひ、人間の道あ、チツトばかり知つてゐるんだぞ!
轟 だつて、こんな事になつて来てゐるのに他人の事ばかりは言つて居れねえよ。
利助 それだつ! 言つたな? そいで売りやがつたな、畜生! ようし、どうするか見ろ! 野郎! (いきり立つて懐中からドキドキ光る鉈《なた》を掴み出す)
轟 あつ!
津村 利助君、あぶないつ! これ!
利助 俺の邪魔すると、どいつも此奴も叩き割つてやるぞ! 出ろつ! (驚ろいてウロウロしてゐた伝七、何かに思ひ付いて急に駈け出して去る)
轟 助けてくれ!
留吉 おい利助、止しな! 利助!
利助 なんだ利助だ? へん、俺あな、お前なんぞから呼び捨てにされ
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