は知らんよ。アツハハハ。
留吉 まさか、貴様達は早く死んじまへと言ふんぢやあるめえ!
津村 なんともわからん。ハハ、西洋にそんな哲学が有る。中世紀と言つて、人民は、何一つ言へなかつた時分の事だがね。その哲学では、一日でも一刻でも早く死んでしまふ事が人間の最大の幸福だと言ふんださうだ。気持あ解るやうな気がするがなあ。(墓石をピシヤピシヤ叩いて)かうして石になつてしまへば、苦も楽も無いからなあ。ハハハ。
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(留吉は、津村の駄弁をウワの空で聞きながら、唇を噛みしめて掘割の流れを見詰めてゐる)
(伝七がアタフタと出て来る)
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伝七 ……やあ、あゝんだ、どけえ行つたかと思つたら、墓詣りに来てゐたのか。えらく捜したよう……(白い眼で津村を見やり)なあ留さ、どうだらうなあ、頼んだ事よ? 三百円出来なかつたら二百円でもいい、抵当は矢張り上の段の桑畑だ。かうなつたら先の事なんぞ考へては居れねえ。どうにも、はあ、打つちやつとくと此の月末にや差押へが来るだから――。
留吉 ……俺に頼んでも仕方無えよ。
伝七 そんな事言はなくともいいで無えかい。君んとこの死んだ親父と、俺んとこのおふくろは、イトコまでは行かねえが、とんかく縁につながつてゐる間柄なら――。
留吉 ……縁につながつてゐても、此の親父の墓ひとつ見て貰はねえからね。
伝七 え、そりや、君、何もそりやお互ひに忙しいから、つい、いつでも来れると思ふから――。
留吉 いや、死んじまつた者が、どうなるもんか。カンヂンな事あ、生きてゐる者の方だ。
伝七 だからさ、だから、二百円で、結構だからよ――。ぢや、えゝい! 利息を、昨日は三分五厘と言つてゐたが、思ひ切つた! 五分迄出さうぢや無えか! 背に腹は代へられねえ、五分の利息と言へば村の貸借にはチヨツと無い率だよ?
津村 ハハハ。ぢや他からでも融通は出来る訳ぢや無えのかい?
伝七 津村先生、あんたあチヨツと黙つてゐて、呉れねえかね! 俺あ真剣なんだぞ。村で持つてゐる学校で、当てがひ扶持貰つて勤めながら、その暇々にシユーセンの口利きをしちや口銭稼ぎに夢中になつてゐる人間なんぞに俺等の辛え気持がわかるかい!
津村 あんだと! 私が、いつ口銭稼ぎに夢中になつた?
伝七 現にやつてゐるで無えか!
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(奥の製板工場の方から、水路に添つて
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