てあるんだもの、先方でも大事に育ててゐるさ。赤ん坊は良い匂ひがするもんねえ。私あ国でいつか姉さんの子を抱かされた時にね、あのムーンとする匂ひがたまらなく良くなつちやつて――。(フイと見ると、香代が胸を両手で抱いて身をもむやうにしてゐる)――あら、どうしたの?
香代 ……(唸る様な泣声)
より なんだい、急にまた、お香代ちやん……泣いちや駄目だよ。
香代 いいよ! (相手の手を邪慳に振り払ふ)どうなるもんか。
より だけど、その亡くなつた三ちやんのお父つあんの家ぢや、あんたを、どうして構ひつけてくれないのかね。町の紙屋で立派にやつてゐるつてえぢやないか?
香代 ……あんな不人情な奴等の世話になる位なら、三吉は私が殺してやるよ。その方が慈悲だ。あの人の病気がひどくなつた時も、知らしてくれやしない。……それでいいかも知れないさ、私あ、こんな炭坑町の飲屋の女だ。
より だけどさ、そいでも――。
香代 うるさいねえ! あんた帰つて頂戴よ。
より そりや帰るけどさ、私あ、あんたを呼びにやられたんだから――。
香代 又会社の近藤が来てんだろ? 話は聞かないでも解つてる。
より んでも、お神さんも間に立つて困つてゐるやうだよ。蔦屋の店を開く金は大方近藤さんが出してくれたつてえからねえ。
香代 それとこれとは話が別ぢや無いか。私はお神さんから前借して来てゐる人間だよ。お神さんと近藤がどんな関係になつてゐるんだか、私の知つた事かね!
より そりやさうさ。全体、あんたを金で縛つて妾にしようなぞと、いくら近藤さんが会社の課長さんかなんか知らないけど、きたないよ。だけどもあの人を怒らしちまふと、蔦屋はおろか、此の土地に私達居れなくなつてしまふんだよ。
香代 ほかの土地へ行くさ!
より だつて、さうなりや、あんただつて坊やの所からもつとズツと離れてしまふ事になるんだよ。
香代 ……ぢや、ひと思ひに、死んじまふか。
より え! ……(ギヨツとして見詰める)……あんた、まさか……?
香代 ハハハ。死ぬ死ぬと言ふ奴に死んだためしが無いとさ。アハハ。
より あゝびつくりした、あんた大変な眼付きをするんだもの。
香代 ちよつと、おどかしてやつたのさ。よりちやんがあんまり臆病だから。
より 早く帰らうよ。もう日が暮れる。さうで無くつても、此処の切通しではこれまで何人飛込みがあつたか知れないんだからねえ。(
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