離せ! あんな奴等あ、一ぺん思ひ知らせて置かねえと癖にならあ!
雪 まあさ! あのね、酒もチヤント買つて有るから、落着いて、それでも飲んで、いつとき寝るだよ!
利助 酒? (ヂロリと留吉を見て)へん! なんだ、人の買つてくれた酒なんか飲むか! 鮎川利助を見そこなうなツ! (と、お雪を殴る)
留吉 (立つて行つて、止める)利助さん、まあ――。
利助 (肱で留吉の手をはねのけて)俺の女房を俺が叱るんだ! 他人の世話になるかい。此の野郎! (お雪を殴る)
雪 あつツ、ツ! お前さん! ツ!
利助 へつ、利いた風な事を言やあがつて、こん畜生! こら! (とお雪をピシヤピシヤ殴る。こみ上げて来る怒りを、辛うじて抑へてゐる留吉)


[#5字下げ]4 墓地[#「4 墓地」は中見出し]


[#ここから2字下げ]
(二三日後の晴れた午後。花が咲き、草萠え、小鳥の囀つてゐる村の旧い墓地の丘。丘は、上手に向つて傾斜し平地になりかけた所で、急にけづり取られてゐて小さな崖を形造つてゐる。その底を、上手袖から廻り込んで掘られた幅一間半の水路。製板所の動力を取るために新らしく作られた掘割である。上手奥に製板所の屋根の一部が見おろされる。時々キユーン、キユーンと器械鋸で材木を挽いてゐる響。留吉が、ひどく陰欝に考へ込んだ姿で出て来る。迫ひすがる様にして、津村。勤務の帰りと見えて、紺サージの背広姿)
[#ここで字下げ終わり]
津村 それに、近頃ぢや宅地はとにかく、耕作の出来る田地や山林と来たら、まるつきり少くなつてゐるからなあ。農業をしても合ひはしないのに、どう言ふもんかなあ、人がそいだけ多くなつたせゐかねえ、とにかく売りに出る田地は少くなつた。
留吉 ……。三千七百円で無きや、どうしてもいやだと言ふのかね?
津村 四千円一文切れてもいやだと言ふのを、私がお百度を踏んでやつと三百円だけ引かしたんだ。
留吉 ……でも、親父が死ぬ年に、あの田を斉藤に引き取つて貰つた時は、二千円少し切れてゐましたよ。
津村 それが、その当時と今とでは金の値が違つて来てると言ふんだよ。
留吉 ぢや、その話は一時見合せて下さい。……少し考へたこともあるんだ。……三千七百円なんて金も俺にや無い。
津村 しかし、いや、なに此の私がもう一息押せば三千五百迄にはして見せる自信はあるさ。あすこの息子が町の中学に入学する時にや、これで
前へ 次へ
全47ページ中30ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング