から――。
雪 おいでなせ。(泣顔を見せないやうにして)兄さん、ぢやあチヨイト此の子を寝せて来るからね、飯あこれに入つてゐるから……(コソコソと奥へ立つて行く)
留吉 うん。……(妹の方へ気を取られてゐる)
伝七 久しぶりに戻つて来ると大変だらうね? ハハハ。ところで早速だがなあ、昨日も話したやうに、此の際ひとつ、三百円でいいから、融通して貰ふわけには行かねえかなあ? あんしろ、はあ、税金と肥料代だけでも、六百円からの借金でね。
留吉 ……俺にや、そんな金無えから。
伝七 三分五厘だけ利息を差し上げて、半期毎に証文書き替へることにしようで無えか。それなら、別に悪い事あ無えと思ふが、どうかね? 抵当には、上の段の桑畑ソツクリ入れて置いてさ。あれは、君も知つてるやうに、どう捨て値で叩いても五百両をくだる畑ぢや無えぜ。ひとつ、頼むよ。……(留吉は飯を自分でよそつて食いながら妹の事に気を取られてゐて返事をしない)君だつて、津村先生に頼んで田地の買戻しにかゝつてゐる位だ。それに、俺の所と君の家では、今でこそ何だが、元は遠縁に当る間柄なんだからなあ。ねえ、留さん!
留吉 ……元はどうか知らねえが、俺んちが分散する時あ、あんたあ知らん顔で見てゐなすつたよ。
伝七 そ、そ、そりや、お前、あゝ言う際に、俺みてえにロクに力の無え人間が飛出して行つても、なんになるだよ。そんな、そんな事を誤解して貰つちや、困るよ!
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(中年の小学教員の津村が表から入つて来る)
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留吉 津村先生、どうでした?
津村 いやねえ、今も行つて来たんだがね、どうも先方でも足元を見て、いろいろの事を言ふでねえ。
伝七 (キヨロキヨロと留吉と津村を見較べてゐたが)あんた今日は学校休みですかい?
津村 今日は日曜だかんね。ハハハ。一週一度の骨休めさ。ハハハ。
伝七 さうかね。ハハハハ、骨休めて、田地のシユーセン歩きかね。ハハハ。
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(津村がムツとして伝七を睨んでゐる)
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留吉 しかし、もともと買つて貰ふ時に、今後いつでも買戻しが利くやうに諒解は附いてゐるですがねえ?
津村 そいつが、当てにならねえでねえ。(眼は伝七の方をみてゐる)
伝七 そりやさうだらう。五六年前とは大分此の村も変つたからなあ。ハハ。こんなに村がヒヘイしちまつて、
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