だつてお互ひに十八九の時分は、あんなに喜こんでタンボ仕事をしてゐたぢや無いか。俺達あ、やつぱり百姓の子だよ。
利助 あの頃と今は違ふ。あの頃は農業一方で食へたのが、今あ食へなくなつて来てゐる。田地の五町も十町も持つてそいつを小作に出してやつてゐる家はとにかく、現に、三段や、五段の田地持ちで、タンボ専門で食つてゐる家なんぞ、此の村にや一軒も無くなつてゐるからな。有れば、そいつは借金で持つてゐる家だ。
留吉 だつて、金は残せないにしても、自分で食ふものを自分で作つて行く分にや、これ程強い稼業は無い筈だよ。さうだらう?
利助 あんたあ、なんか、夢を見てるんだ。
留吉 夢? ……(ムカツと来るが、わざと笑ひにまぎらす)ハハハ、いや、夢と言やあ、五年の間、俺が夢を見りや、たつた一つしきや無かつた。親父の残してくれた例の、今、斉藤へ行つてゐる二段田さ、あれ一面に菜種の花の花ざかりの景色さ。そいつを春先きの陽がカーツと照して明るい事と言つたら――菜種の匂ひまで嗅いだ様な気がしたもんだ。ハハハ、夢まで百姓らしい夢を見る。ハハ!
利助 ……だが、俺あ、まつぴらだな。
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(気まづい間)
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留吉 (あくまで下手《したて》に、話題を変へる)なにかね、なんか製材所とかの事で、今ゴタゴタしてゐる――?
利助 いやあ――此処ぢや製板と言つてるけどね。……なあに、別に……。(お前なんぞに話したつて仕方が無いと言つたムツとした調子である。取り附く島が無い。)……何をしてゐやがるんだ、遅いなあ。
留吉 ……お雪の事あ、今後とも、一つよろしく頼むぜ、なあ。なあ、利助さん。
利助 チエ! (舌打ちをして土間を降りる)
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(表からセカセカと入つて来る轟伍策)
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利助 おゝ、轟さん、遅いぢやないか!
轟 だつて先刻も一度来たんだぜ。
利助 今頃になつて、変に気を持たせるのは止して下せえよ。
轟 おかしな事は言ひつこ無しにしようよ。倉川の方が、もうこれ以上待つのはいやだと急に言ひ出したんで、私あ君の頼みもありさ、大急ぎでやつて来たら、君あどつかへ行つて居ない、大概ヂリヂリしたんだよ。
利助 え? もう待てねえつて? そいつは約束が違ふぢやないか!
轟 違つても仕方が無い、さう言つてるんだから。倉川にあいだけの資本を握つて
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