磯 ま、いいよ。(畳敷の上にあがつて)勘定は?
香代 (帳面と金を出して、磯の前に並べながら)当節ぢや、月半の勘定日だつてえのに、スラリと出してくれる人は無いんですよ。他所より景気の良い筈の炭坑がこれだ、ひどい事になつたもんね。なんだかだと物は高くなるのに賃金は元のまゝだし、ふところに金が停つてゐる間が無いのね。
志水 耳の痛い事を言やあがる。
磯 (帳面と照し合はせながら銭勘定をしつゝ)香代ちやん、お前……もう二つにもなつた子供まで有るつて事忘れちや駄目だよ。
香代 ……留さんの事なんですか? しかし、何でも無いんですよ。
磯 ……そんな、人を好きになつちやいけないなんて、そんな野暮を言つてんぢや無いけどね。何だかだでお前さんの身体にかゝつてゐる金もふえる一方だしさ。
香代 ――そりや、あれだけの物が溜つてゐるのに他所へ鞍替へもさせないでかうして此処に置いて下さるのは、私、ありがたいと思つてゐるんです。しかし、急に、それを――。
磯 いえ、今返してくれと言つてんぢや無いけどね……。此の倉三さん三円八十銭は?
香代 内金二円で、後は月末にしてくれつて言ふんです。……えゝ、ですから、かうして掛取りなんかも私、やらして貰つて――。
磯 そりや、辛いだらうさ。お前にばかりこんな事させて、私も済まないと思つてゐますよ。……会社の近藤さんの話にしたつてね、私あ何も兎やかく――。
香代 え? ……(はじめてお磯がからんで来る訳がわかつて、相手の顔をマトモに見る)……それを、お神さん――。
志水 より公、俺にうどんを一つくれよ。
香代 ……あの、これ――(と帯の間から紙幣束を出して、磯の膝の前のバラ銭の中に置く)
磯 なにさ? ふーん、これぢや勘定が合はないよ。誰れの払ひ?
香代 いえ、そりやお神さんの手にあげて置きます。
磯 だからさ、こんな沢山のお金を、どうして――?
香代 近藤さんが無理やりに私に握らしたんですよ。
磯 (顔を上げて香代を見て)……さう?…しかし、そりや結構ぢやないか。
香代 そんな風にお神さんから、言はれるのはいやですよ、私あ。私が近藤さんから金を貰ふ筋合ひは無いぢやありませんか。
磯 そりや、私の知つた事ぢや無いやね。(勘定の分だけの銭を財布に入れて)どれ、私あチヨツト……(土間に降りる)お店を頼んだよ。(客に)ごゆつくり。
より お神さん、どちらへ?
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