ロする)来るなつ! 来るなつ! ついて来ると、しめ殺すぞつ!
香代 (パツと線路の方へ飛出して行き、前に廻つて留吉の肩口をドンと突き)馬鹿! 危いんだよ! (留吉の胸倉を両手で鷲掴みにして、力一杯身体ごと線路の外、柵の方へ引きずつて来て、そのまま胸倉を離さぬ)
留吉 な、な、なにを貴様――! (自分の両手はふところをシツカリおさへてゐるので香代にされるまゝ)
[#ここから2字下げ]
(間。――間近かに迫つて来る列車の響の中で二人が両手を突張つたまゝ取組んで無言で相対し、互ひに光る眼で見詰め合つてゐる。

急に幕。

とたんに、グワーツ! と通過する列車の轟音)
[#ここで字下げ終わり]


[#5字下げ]2 蔦屋[#「2 蔦屋」は中見出し]


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(約半年後の春の宵。蔦屋の店内。奥中央にノレンの下つた入口。土間を広く取つてあつて、下手の部分は細長い食卓が三つばかりと作りつけの腰掛け。上手の一部が二重になつて畳が敷いてある。土間は二重の前を廻り込んで、上手に開いている出入口(奥の室及び裏口へ通ず)へ。下手の長食卓の所で辰造(前出)と、志水(着流しの卅五六才の工夫)が、より子を相手に飲んでゐる。三味線を弾いて唄ふより子に合せて志水も唄つて[#「唄つて」は底本では「唄って」]ゐる)
[#ここで字下げ終わり]

辰造 もう歌は止せよ。ムシヤクシヤすらあ。
志水 ……だつて公会堂の寄合ひは九時からだ。手筈は決つてゐる。今頃からいきり立つ事あ無えさ。
辰造 だつて島田が死んでから、もう半月にもなるんだぜ。会社であんな浸水のひでえトンネルを掘らせたためにボタを喰つて死んだとありや、立派な殉職ぢや無えか。それを、いくら臨時工夫だからつて、未だ手当を出ししぶるなんて、人間の法に有るかい? 第一、後に残されたおふくろや子供はどうして食つて行けるんだ?
より 島田さんとこのお婆さんなら今朝も此処へ来たよ。(志水に)あんたは寄らなかつたかつて。
志水 へえ、なんだつて?
より 会社との事で頼みたい事があるつて。
辰造 それ見ろ、いよいよどうにもやつて行けなくなつて来たんだよ。購売の方ぢや物価が高くなつたの一点張りでグイグイ品物の値段は上げるしなあ。日当は一厘だつて上りやしないんだ。たゞでさへ四苦八苦してゐるのに、これで稼ぎ人にポツクリ参られて見ろ、ほんとに! 他人事ぢ
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