のか、話が?
仙太 お妙、お前もう戻りな、暑いで、また、身体に障るとよくねえ。
お妙 あい。……お咲、帰るで。これから源次にお茶だて。
仙太 源次郎に、桑の合いすき[#「合いすき」に傍点]は明日俺達総がかりでやっからと言うときな。
お妙 あいよ。んじゃ皆さん。(と甲乙に会釈をして、お咲とともに左手へ去る)
仙太 (甲乙に)んでは、報恩講で話ば持ち出したら、どでがんすか?
甲 報恩講ばかね? 名目《みょうもく》ばかえるかね?
仙太 ああにさ、名目は何でもええて。大事なことあ、そいで作人が寄合って、相談ができればええて。
乙 講中をそっちのけにして、物騒な話はできめえ。第一、仙太さ、お講となるとお前さま嫌って出なかったじゃねえかね?
仙太 ああに報恩講は報恩講で、やるだけのことあやって結構でがすて。いぐらお講だというても、常《じょう》年中に念仏や唱妙ばかりでもあんめえ、講の後で茶を飲めば、茶飲み話というのも出るでがしょう。話や相談はそのときで結構じゃ。方丈さんの説教で耳の掃除が出来てっから、話も一倍よく耳に入るかもしれねえて。ハハハ。そうなりゃ、嫌いなんどと、飛んでもねえ、俺も講に入るだよ。アハハ、お経さんでも何でも習うあ、斬られの仙太郎が信心ば始めるとはいい図だあ、アハハハ。
甲 アハハハ、そりゃええ! なあ!
乙 うう、そりゃええ考えかもわからねえ。いや、そいつはええぞ!
甲 やるか※[#感嘆符疑問符、1−8−78] やるかね、仙太さ※[#感嘆符疑問符、1−8−78]
仙太 やりがしょうて。
[#ここから3字下げ]
(揚幕の奥で人々の罵り騒ぐ声々が近づいて来る)
[#ここで字下げ終わり]
甲 お! あんだ※[#感嘆符疑問符、1−8−78] いけねえ、自由党かの? んじゃ、とんかく、この話は、後でもっとユックリやっとして、いま頼んだ普門院のことと、鎮守さんの寄合いのこと、頼んましたで仙太さ、ええな!
乙 あぶねえ! ここにおって、また、とっつかまるで!
仙太 いいともさ! 早く行きなせ!
[#ここから3字下げ]
(甲と乙アタフタと左手へ走って去る)
[#ここで字下げ終わり]
段六 (揚幕の奥の声が全然聞こえないままに、そちらを見て立っている仙太郎の腕を掴んで)あんだよ、仙太公? あにをしただい? 滝三、あんだ? 向うに何かあんのか?
滝三 お父う、此方へくるが! こりゃキット……。
仙太 うむ、……手出しはすんなよ……。
[#ここから3字下げ]
(言葉の終らぬうちに、刑事群から追われて、叫び罵りながら走ってくる自由党々員五人。中の二人は仕込杖を抜刀して持っている。)
[#ここで字下げ終わり]
自一 犬めっ! 逃げることあない! 逃げることあないぞっ! (と言いながら逃げている。後を振返りつつ)
自二 斬るかっ、この辺で※[#感嘆符疑問符、1−8−78]
自三 いかん! ここじゃいかん! とにかく、寺へ報告しろ!
自四 藩閥の犬め! 畜生!
自五 富永先生を山へっ! (五人足を踏み鳴らして走って叫びつつ、本舞台にかかり、その中の二人ばかり、道を迂回するのが、まどろこくなって、いきなり稲田の中に一、二歩踏み込む。一行を避けて立っている仙太郎と段六と滝三)
段六 (思わず前へ出て)あっ、いけねえ!
自一 な、なんだ、貴様※[#感嘆符疑問符、1−8−78] (その威嚇に驚いた段六尻ごむ。党員等は三人を無視して、今度は五人とも稲田へ踏込みかける)
仙太 待った! お前さん等、田へ踏ん込んではいけねえ!(その声に、二、三人が振向くが、これも無視して、稲の中にバラバラと入りかける)やい、待てといったら待たねえか! (初めて、筑波で賭場を荒した頃の仙太郎の調子がでてくる。五人、チョッと気押されて立ち止る)そりゃ、汗水たらして俺達が育てたお稲だ。踏み込んじゃならねえ!
自二 き、き、貴様何だっ※[#感嘆符疑問符、1−8−78]
仙太 ご覧の通り、百姓だ。
自二 百姓はわかっている! その百姓が、どうして、貴様達のためにこうして運動しているわれわれの邪魔をするかっ※[#感嘆符疑問符、1−8−78]
仙太 俺達のためだか、お前さん等のためだか、そいつは、そこのお稲に聞いて見ろ! たって田を踏んで行きたきやあ、俺の身体をまず踏んで行け!
自一 貴様何という奴だ※[#感嘆符疑問符、1−8−78]
仙太 百姓だ。
自一 だから名前は何というといっているんだ?
仙太 真壁の百姓仙太郎。
自一 なに、仙太……? 仙太郎だと?
自三 じゃ、斬られの仙……。筑波党の――。
仙太 ドス一本、鎌一丁持っているんじゃねえ。行きたいとありゃ、俺を踏んづけてから、行って見ろ。段六公、鍬はおろしな。手出しはしねえ。ただ、タンボは百姓の命だ。どんな名目で田を荒して行こうというんだ!
[#ここから3字下げ]
(いわれて気は立っているし、党員の一人は抜刀を振りかぶりかけるが、他の者がそれを押しとどめる。三人少し鼻白む)
[#ここで字下げ終わり]
自一 いかん! さ、行こう!
自三 相手になるな、気ちがいだ! (それで五人はコソコソ走り出す。稲田に踏み込むのはよして、路上右手の方へ走り去る。)
段六 阿呆が! (鍬を振る)
[#ここから3字下げ]
(すると再び揚幕から、これを追って走りでてくる角袖が七人。それにつづいて、手甲脚絆で物々しい格好をした大地主の平松の当主と、その従者二人。都合十人。この方は互いに一言もいわずに、本舞台へ殺到する)
[#ここで字下げ終わり]
平松 (右手を指して)そっちだ! そっちだ!
[#ここから3字下げ]
(その声につれて同勢は一言も発せずにバラバラッと右奥へ向って、稲田の中に飛込んで行こうとする)
[#ここで字下げ終わり]
仙太 やい、待てっ! (と、段六の持っていた鍬を取って下げていたのを振って、一番手近の……向うずねをカッパらう)
角一 な、な、何を……するかっ!
仙太 なぜ田の中に入るんだ、道があらあ、道を歩け、どめくらめ!
角二 き、き、貴様自由党に味方をするかっ! こら、おい、き、き(懐中から短銃を出して打ちそうにする)
仙太 射つのか? 射つなら射って見ろ! そんな、ブルブルもんで俺に当りゃ、おなぐさみだ! 自由党がお前達のことを犬だと言っていたが、なるほど犬だ。それも狂犬《やまいぬ》だ。
角一 (平松に)此奴、なんだ?
仙太 何でもねえ、この田を作っている百姓だ。へい、これは平松の旦那さま。
平松 き、き、貴様! 詰らん、邪魔ばすっか! 作っているのは貴様かも知れんが、田地はわしのものだぞ! 邪魔ばすっと、田地ば引上ぐっぞ! 小作はやめさせるぞっ!
仙太 旦那、血迷っちゃいけねえ。そいつはご挨拶が違うだろう。俺がお稲を大事にすりゃ、そいだけお前さんも儲かるんだぜ。へへへへ。仙太郎、ありがてえと、礼をいいなすってもいいところだ。
角二 仙太郎? 斬られの……例の?
角三 とにかく、早く行かんと――。
仙太 斬られたこともあるし、射たれたこともある。さあ、行くなら行ってみな。
角一 (他の者に)おい、早く行こう! (十人、田へ踏み込むのをやめて、路上を右手へ向って走り出す)
平松 (それらの後につづきながら振返って)おい仙太、おぼえているがええぞ!
仙太 ご念にゃおよばねえ。しかし旦那、そんな具合で自由党征伐の加勢をすりゃ、何か得のいくことがありますかね? (これに対して平松何か返答しようとするが、他の九人がすでに見えなくなっているのに気づいて、えらい形相をして舌打ちをしたまま、踵を返して右手へ走り込んで行く……間)
段六 あんだい、ありゃ?
仙太 アハハハハ。
滝三 だども……平松の旦那にあんねなこと言うてもええのかあ、お父う?
仙太 ふん。ああに、あれでええさ。アハハハ。(段六の耳に口を持って行って)段六公、平松の旦那ちの地所《ぢしょ》は、どれぐらいあったかなあ?
段六 平松かあ? そうよ、きょうび[#「び」に傍点]では、三十町はくだるめえて。この辺一帯、微碌旗本の田地で荒れ放題になっていた奴ば、二足三文で買いしめた上に、その後、金ば貸しちゃ、借金のかた[#「かた」に傍点]流れで大分手に入れたかんなあ。御一新前から平松の旦那といやあ剛腹で鳴らした金貸しだあ。いまにロクな目にゃ会うめえて。だが、なんだぞう、仙太公、旦那衆にタテえ突いちゃ、此方が損だぞう!
仙太 (笑って)段六公の馬鹿野郎。
段六 あんだとう?
仙太 あべこべだ。黙っていれば損をすっからタテえ突くだ。地主と小作人が仲好くすっことあ未来永劫ありはしねえとよ!
段六 よく聞こえねえ。そいったもんだろかい。アハハハハ、さ、やろうか。
仙太 やろかな。(三人田へ入りかける)
段六 (仙太郎の肩を笑ってこづきながら)仙太公、いまあ、えら、いばったぞう! 久しぶりに、筑波以来の斬られの仙太だべえ。うふん、こら、お妙さに見せたかったてえ!
仙太 (これも笑いながら段六の肩をこづく)あによして! 鍬を握って構えたなあ、誰だっけかよ? 真壁段六公、耳は遠くなっても、腕に年は取らせねえてね!
段六 アハハハハ、何をいうだい、阿呆め! (二人は互いに肩をこづきながら稲田に入り、笑いながら仕事にかかる。)
滝三 お父う、だども、普門院の方が、あんだか騒々しいが、あれで全体――。
仙太 ええて。放っとけ。立っていねえで、黙って仕事だ、仕事だ。(滝三も右奥を気にしいしい田に入る)
段六 滝、お咲坊のことが心配かの?
滝三 あによいうだい、伯父さ! こん野郎!
[#ここから3字下げ]
(三人笑いながらかがみ込んで泥掻き。……間。静かである。右奥遠くで微かに人々の罵り騒ぐ声々。稲の中から立ち上る滝三)
[#ここで字下げ終わり]
滝三 (右奥遠くを眺めながら)……お父う、何だか変だ。……(誰も返事をしないので)お父う、んじゃ、鎮守さんへ行くのか?
仙太 (声だけ)うむ、そうしべえ。
滝三 普門院へも皆で行ぐのか?
仙太の声 あれは、俺一人でもよかろうて。(水の音)
段六の声 滝、あによ突立っているや? (いわれて滝三もしゃがみ込む。三人の泥掻きの水音。静かだ。――永い間。
[#ここから3字下げ]
段六が手を動かしながら、ヒョイと唄い出す田植唄。ドーマ声。自分では唄の積りなのだが、抑揚があまりないので、トボケて聞える。『はあああ……腰のう、痛さあよう、……五反田のう、長さあああ……』突然右奥遠くで何かが爆発する、えらい響。バーン、バーン、バリバリときこえる)
[#ここで字下げ終わり]
滝三 おおっ! (思わず立つ。段六も仙太郎も手を動かすのを止めたらしい。やがて二人とも立ち上る)
段六 こら、仙太公! 俺の前に掻いている奴が、いきなりへ[#「へ」に傍点]をひ[#「ひ」に傍点]るとは、こん野郎!
仙太 ……うん、アハハ(段六の耳へ口を持って行き)段六公! 今年の芋は、まったくできのええ芋だてことよ!
段六 野郎め! アハハハハ、こら! アハハ、やれどっこいしょ。(再びしゃがみこむ。)
仙太 アハハハ。何をするやら。滝! (これもしゃがむ。段六の唄の続き『……夏のうう、……土用ううのう、……日のう、長がさあああ……』
[#ここから3字下げ]
(滝三も仕方なくしゃがんで働きはじめる。
永い間。
静寂。水の音)
[#ここで字下げ終わり]
[#地付き](幕)
[#地付き](一九三三年)
底本:「叢書名著の復興1 恐怖の季節」ぺりかん社
1966(昭和41)年12月1日第1刷発行
初出:「斬られの仙太」ナウカ社
1934(昭和9年)4月
※ト書きの字下げの不統一は、底本通りにしました。
入力:伊藤時也
校正:伊藤時也・及川 雅
2009年9月4日作成
2010年2月4日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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