いるのではないのです。ハハハ、そうそう一本調子に綺麗ごとにばかり眺めると往々にして事の真相は見えぬと申すまで。チョイとした立場の違いで事は色々に見えてくるものよ。井上君、君にはもう隠す必要はあるまいと思うが、台閣よりの命令に依り常野の兵追討の任を田沼様が受けられ、本日諸軍|先手《さきて》はすでに繰出したことは知っていられようなあ?
井上 知っています。……先刻覚悟のことです。
吉村 これなども、どんなふうに見える? どのように見られるか? 慶篤公が幕府に追討を願われたのは主として小石川におるお為《ため》派の朝比奈様佐藤様等の策謀ということになるか? まずそれだけのカイナデな観測がせいぜいだろう? するとこの私なども罪の一半を負う者として目《もく》されているかな。ハハハ、それもよし。これもよし。
井上 ……ち、ちがいますか?
吉村 ちがうとは言っていない。世間一般の目というものは、その辺までしか届きはせぬというまでよ。第一、筑波の諸氏も事の成否を問わず志のために身命を賭してとの話だったが、それは表看板、まさか十が十成らぬと思って取りかかる馬鹿もいまい。すると、どのようなソロバンをはじいた
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