うぞいたしましてご容赦いただけるように、皆様の御合力御願い申しまする。へい! 真壁の仙太郎兄弟一生涯恩に着まするでごぜます! 犬の真似をしろとおっしゃれば犬の真似いたしまするでごぜます! どうぞ皆様のお名前と爪判《つめばん》だけいただかして下せませ。足をなめろとおっしゃればなめますでごぜます!
段六 ……仙太よ、まあさ……。
百姓二 ……かわいそうになあ。しかし後が怖えからなあ。
百姓三 ……そうさ。後のタタリがなあ。
仙太 後のことは私一身に引受けてご迷惑は決して掛けねえ積りでえす。お願えで!
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(百姓達、仙太の血相に気押されてジリジリ後に退る)。
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百姓一 ……積りはその積りでもなあ。
仙太 (涙と汗と砂ぼこりによごれた顔を初めて上げて皆を見渡して)……皆様もやっぱりお百姓衆とお見受け申しまする。御支配こそ違え、私も百姓でごぜます。兄仙右衛門も百姓でごぜます。百姓の心持ちを知っていただけまするのは百姓|御一統《ごいっとう》ばかりでごぜます。兄がお上様に向い不都合の事いたしましたのは、自分一人のためを思うていたしたことでありましねえで。せまくは加々見様御支配領内百姓一統、引いては近隣御領地内百姓衆皆様のうえを思うて、少しでも善かれと思うていたしましたことでええす。皆様お百姓衆とお見受けいたします。ここのところをお考え下せえまして、どうぞ御助けを! へい! この通りでごぜまする! お願え……。
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(迫って来る仙太の気持と言葉の鋭さに、殆ど縛られたようになって、進んで筆を取ろうと言う者もなければ、立去りもかねている見物の百姓達)
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鳥追 ……まあねえ、お気の毒な……。
仙太 へい、いいえ、気の毒なのは私だけではありましねえで。百姓一統でええす。百姓一統、誰彼なしに気の毒でええす。今日人のこと、明日わがこと、同じでえす。そこん所ご勘考下すって、どうぞお願い申しまする!
段六 お願いでごぜます!
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(それでも動こうとする百姓はいない……)
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声 (土手向うの仕置場の方から響く)ええい、出ませい! 御検分! 控え方! よろしうござり申すか? 出ませい! (その鋭い声につれて、物音が起り、同時にすでに以前から河原矢来外に見物に集って、それまで鳴りをひそめていた群衆がざわめき立つ。思わずヒーッと叫声をあげる者もいる)……上《かみ》にお手数かけ申すまいぞ! 出ませい! 出ろ!
百姓四 ああ、また始まった! (仕置場の見えるところへ走り寄り、下を見てから振返り)あっ、始まった、今度あ、その仙衛ムどんだで! (と言われて一同がホッと救われたようになり、ゾロゾロバタバタと仕置場の方へ降りて行く。鳥追と馬方だけが道の端に残って下を覗いて見ている)
仙太 (追いすがって)ああ、お願いでええす! お願いでごぜまする! お願い……(いくらすがりついても振り切って行かれてしまう。膝を突いて見送って暫くボンヤリする……間)……あああ。
段六 仙太公 もう諦めな。しょせん無駄だて……。
声 本日の御処置、本人百姓仙右衛門初め、控えおる村方名主及び五人組近隣の者共、お上御慈悲これある御取計いの次第、および向後のため、忘れまいぞっ! それ、始められい! (声と同時に、土手下のざわめきが一時に静まって、声が終るや否やビシーッ! と音がする。下人が握《にぎ》り太《ぶと》の青竹を割ったもので仙右衛門の背中を叩き下ろした音)
他の声 ひとおーつ! (同時に仙右衛門の呻き声。これを聞くや仙太思わず立上る。次にヘタヘタしゃがむ)
段六 仙太、もう戻ろうてや。おい仙太!
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(言っている間に、再びビシッ! と音がして他の声が「ふたあーつ」と算える声、呻声。この二ツ目の声で仙太自分が打たれたようにウーンと唸って路上に突んのめってうつ伏してしまう。以下鞭打の響きごとに彼は自分の背に痛みを感じるようにうつ伏したまま身もだえをする)
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鳥追 あっ! あっ! 見ちゃおれやしない。あれっ! 丈夫でもなさそうな人だのに。どうにかならないのかねえ! いくつだろう?
馬方 百叩きだて。しまいまで身体あ持つめえの。また、今度の叩きに廻っている手先の奴あ力がありそうだもんなあ。馬だ、まるで。なあ、全体がよくよく運の悪い人だぞ、仙衛ムてえ人は。いまどきこのせち辛えのに上納減らしの不服や相談|打《ぶ》たねえお百姓なんど一人もいるもんじゃねえさ、そのうえに新田に竿入れやらかそうてんだものを。選りに選って御見廻《おみまわ》りなんどに見っかるちうのが、よくよくのことじゃあ。始めから終えまで、運の悪いというもんはしようのねえこんだ。
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