だ。しかし同じない命ならば、このままここで雪ん中でのたれ死にするよりは、前へ出て――。
水木 同じ無い命? しかとさようか?
仙太 ご冗談でしょう、へへ、いまさらそれを――。
水木 よし、では! (ツツツと仙太郎の方へ寄って行く)
仙太 な、なんですい? (と訳のわからないままに、左手の方へ身をよける。トタンにヒョイと振返ってすぐうしろが崖縁なのに気づいて)おっと、危ねえ! 先生、何をなさるんだ! (水木を見詰める)
水木 (気勢をくじかれて、苦笑しながら四、五歩退いて)なに、フン!
加多 水木さん! ……(間)……あなたは暫くはずして下さい。拙者に任かせて貰いたい。いや断じて! 加多源次郎、男児です。知っています! わかっています! しばらく……。
水木 そうか、然らば……(怒ったようなふうに右手に去る)
仙太 おかしな人だ。(見送っている……間)ありゃどうした人ですかねえ?
加多 神勢館で砲学をやっていた人で、あれでも小筒にかけてはまず名人。そんなことよりも、(句調がスッカリ変って親しい)仙太、こっちを向け、どうも傷が病《や》んで大儀だ。全く久しぶりだなあ。
仙太 傷が病むのは、よくねえ。あんたあ、ズッと御殿山の方に居たんだって? 俺あ初め館山で、後になって反射炉の方へ廻されてね。
加多 そうだとなあ。反射炉は初手から最後まで先鋒だったからなあ、骨が折れたろう?
仙太 それはいいが、相手が柳沢村から部田野、関戸と廻りこんで峰の山一帯を占領しちまってからは、閉口でしたぜ。なんしろ、反射炉から峰の山かけて、あのボヤボヤと草木の繁った谷間《たにあい》だ。それに因果と、夕陽で味方がギラギラとまぶしい最中に、その夕陽を背負った敵の方から、バンバン大砲を打ち込むんだ。あの辺一帯バタバタと、面白いといっちゃ何だが、味方あ散々だったて。
加多 甚伍左がたおれたのは?
仙太 あれは、反射炉の方から町の方へ入るダラダラ坂で、こんだ御殿山の北側へかかるというとっつきに、御社がある。たしか、八幡さんかだ、あの後に水溜りみてえな池がありやしょう、あすこだ。いよいよ反射炉の方が持ちきれねえとあって、引上げだってんで、池のはたまで来かかると、水を飲もうとしたままでしょう、水っぷちでうつ伏せになってガックリしている血みどろの男をヒョイと見ると、それが親方だ。斬られているし、それに弾傷が身体中にまるで蜂の巣だ。もう口も利けねえ。「仙太郎か、お妙を頼む」って、それだけいうと、ゴットリ。俺あ!
加多 そうか……。(永い間)……それで、綺麗な人だったように憶えている。……お妙さんは、どうしている? 知れぬか?
仙太 筑波門前町下で女郎になった。……まだ館山にいる時分、段六が人に頼んで知らせて来た。
加多 女郎に? なぜにまた、そのような……?
仙太 ……養ってやらねば行方《ゆきかた》のねえ子が十人からいる。……俺も実あ、女郎と聞いて、いくら何でも程があると怒って見たが……、考えて見ると、あの人は、それ位やりかねねえ。それにいまどき、若い女の身そらで、二十と三十とまとまった金を掴むにゃ、ほかに手はねえ……。
加多 そうか。……それにしても……。ウーム。(気を変えて、無理に少し笑って)仙太郎、お前あの娘に惚れていたろう?
仙太 なんだって、加多さん? ……馬鹿にするのか? (といっても、怒ったのとは違い、手の平で鼻の辺をこすり上げている)
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(間)
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加多 ……(急にマジメになって)仙太、お前、ここから帰らぬか、国へ?
仙太 (暫く相手の意味がわからず見詰めていてから)……な、なんだって、加多さん?
加多 ここを引払って常陸へ帰れといっている。
仙太 しかし、これだけの人数をオイソレと……。
加多 いや、お前一人のことだよ。
仙太 俺一人で帰れと※[#感嘆符疑問符、1−8−78] そ、それは何のことだ?
加多 ……最早全軍の運命も大概知れている。あと十日か半月――。
仙太 ハハハ、それなら俺もたいてい察していますよ。死なば諸共だ。一蓮托生、うらみっこなし――。
加多 それを助けたいのだ。――それに都合も悪い。
仙太 都合が悪いと?
加多 武田先生、藤田氏以下先輩諸氏を少くとも十人余は――生き延ばしておかねばならぬ。たとえ、その余の人間は全部死んでも。――いやこのままで行けば全部が全部一人残らず死罪あるいは斬罪をまぬがれまい。つまり、――士分以下の者までもかたらった挙兵だと見られては一揆または単なる暴徒と見られても仕方がなくなる訳。そのために――。(言いにくくていいよどんでしまう)――(間)
仙太 だから帰れと――?
加多 つまりが、そうだ。……仙太、加多源次郎、今こそ恥じ入る。……何とでも思ってくれ。だが拙者とても十日後
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