どはこれまで抜群の……。
水木 くどいぞ、加多! 拙者だとてそれは知っている。しかし事ここに至っている。自分が助かろうというのではない。少くとも武田先生、藤田氏以下将来有為の先輩だけは生き延びさせなければならん! でなければ永戸の勤王派の根が絶えるのだ。士分以外の者が加担していたとあっては、その望みも十が十なくなる。まだ何かいうか! もういうな、加多! 第一、あれらを斬ることについては、武田先生、藤田先生、その他も絶対に反対して、ともこうも死生を一緒にしようという説だ。捨ておけば全部が全部フイになるだけの話。(間)
加多 ……宍戸侯は水戸城において御自害、榊原先生以下数十人は斬に処せられる。死罪、禁錮百余人。……途中聞きました。一橋公からの御沙汰はまだ来ませんか?
水木 来ない。……だろうと思う。すでに征討総督の勅を得られて、水戸、会津、桑名、筑前、小田原、大溝等諸藩の京詰の兵をひきい、大津まで来ていられるということだ。迫っている。
加多 で、……当方よりの陳情書の一部でも聴きとどけられると思いますか? ならびに、いまの諸先輩の助命のこと?
水木 わからぬ。駄目かも知れぬ。慶喜公ご自身の立場が昨年長州その他離反以来、相当困難をきわめているということもある。当方の志の存するところはわかられても……。
加多 それならば尚更でありませんか?
水木 あれらを斬ることか?
加多 さよう!
水木 だからいっているのではないか! まさかとなって当方のために口を利いて下さろうという段になっても、士分以外までも多数参加した、つまり暴徒暴動ということになれば、弁疏の余地はなくなるのだ?
加多 事実、そのような暴動であれば、それも仕方がないではありませんか? 事実を曲げてまで三、四の命を……。
水木 もう言うなっ。(下の方を見て)おお、来た! いやならば止せと、初めからいっている。尊公には永いなじみの者だから、と初手からいってあるのではないか!
加多 そうだ。わかっている。永いなじみの者だから、どうせ誰かにやられるものならば、いっそ拙者の手でと思った。……いまでもそう思っている。ここへも拙者一人でよいと言ったではありませんか!
水木 フン、逃がすつもりであろう?
加多 逃がす? ……(間)さよう……。
水木 ならば、一人でやってみるか? どうだ? 来た! シッ! (二人黙る――)
[#ここから3字下げ]
(間。……右手から仙太郎出てくる。戦い疲れ、着物なども破れたりしているし、それに弾傷を負っている左の腕を、血でよごれた手拭いで頸から釣っている。空腹と疲労のために青ざめた顔をして、右手で刀を杖に突いている)
[#ここで字下げ終わり]
仙太 (黙って自分を睨んでいる水木に)ああ水木先生、何かご用で、なに、今井さんが先生が此方で呼んでいらっしやるからっていってね……。加多さんもいなすったのか。久しぶりだねえ、加多さん。ズーッとかけ違っていて、考えて見ると、部田野村から館山へかけて行くときにチラッとお目にかかった時以来だ。
加多 ウム……。
仙太 傷をなすったっていうが、どうだね?
加多 ウム……。
仙太 (加多が顔をそむけるので、取付場がなくて、水木を見る。そして、水木の抜刀を見、妙に緊張している顔を認めて変に思いながら)……どうなすったんだね? (ジロジロ見る)
[#ここから3字下げ]
(間)
[#ここで字下げ終わり]
水木 (抜刀を鞘に納めるためのように袴で拭きながら)ひどいものだな鞘に入らぬ、ハハ。
仙太 一ツ橋様が大津から海津へお向いになったというのは本当ですかねえ?
水木 知らぬ。……誰から聞いた?
仙太 なあに、人足の釜次郎が昨日味噌を買いに峠を越えて加瀬ヵ越し近くまで行った戻りに大垣からやって来た馬子から聞いたっていいますがね。また聞きのまた聞きだからどうかと思って。
水木 そうだ、お前の手の、寄場の者等十人余りは何処にいるのか? 何をしている?
仙太 何か用かね?
水木 ウム、急ぐ用がある。
仙太 なんだ、そんなことか。それならば、わざわざこんなところへ呼ばなくともいいに。いえそれがね、あの連中何処へ行ったんだか、この二、三日まるきり見えねえ。実は私も少し気になることがあるんで捜しているんだが……人に聞いてもわからねえし。東浦寄りの溜りにもいねえそうだ。
水木 気になる? 気になるとは何だ?
仙太 なに、それは此方のこと。
[#ここから3字下げ]
(間。――水木は矢張刀身を拭うような手つきをしながら、気づかれぬように横身のままジリジリ仙太郎の方へ寄って行っている)
[#ここで字下げ終わり]
水木 ……つかぬことをいうようだが、仙太郎、これからどうなると思う? 全軍はどうしたらよいと思う?
仙太 私等なんぞに、そんな、わかりゃしねえ。無理
前へ
次へ
全65ページ中54ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング