る)
お妙 ……もともと、仙太さんが、どんな気で江戸から筑波へは行かずにここへノコノコおいでだか、それが私にはわからないのす。……。
仙太 ……(何度もいいよどんだ末)それをいうのか。……それは、段六や、あんたに会いたかったから。
お妙 それは、私だとて……。
仙太 え?
お妙 しかし、しかし、いまはそんな時でないのす。
[#ここから3字下げ]
(短い間)
[#ここで字下げ終わり]
仙太 (依然としてお妙からはズッと離れた土間に立ったまま極く無表情な姿のまま)……お妙さん、お前俺の女房になってくれるか?
お妙 ……(のどが詰る)……あい、それは……。
仙太 待った、返事を聞く前に耳に入れとくことがある。……俺あこの手でだいぶ人を斬った。実の兄き、滝坊の父親、そのほか一々言うと……。
お妙 知っております。段六さんに聞きました。
仙太 それから、江戸で、お前さんのお父さんまでも、……斬ってるかも知れねえ。殺したかも……。
お妙 知っております。
仙太 知っているんだと?
お妙 お蔦さんの話で。ハッキリと話してはくださりませなんだけど。……仕方がありませぬ。
仙太 仕方がない?
お妙 ……世間のためになることならば。
[#ここから3字下げ]
(間)
[#ここで字下げ終わり]
お蔦 さ、嬢さん(言いながら奥から出て来る)仕度が出来ましたよ。いっとき寝た方がいい。
仙太 寝る? どうしたんだ、お蔦さん?
お蔦 戻っていたんだね。いえね、稲田の中でお妙さんぶっ倒れたのさ。そら、まだ血色がよくない。さあ(とお妙を立たせて奥の間の方へ連れて行きながら)……仙さん、あたしゃ明日あたり江戸へ立つ積り。
仙太 うん、江戸へ? ウム。……(お蔦とお妙奥へ消える。仙太郎それをチョッと見送って立っていてから、今度は戸口を見、遠くの銃声に耳を澄まし、それから腕組みをして何か考え込んだまま土間を歩む……)
[#ここから3字下げ]
(間)
(誰か走って来る足音。足音が戸の外にとまり、内部の様子をうかがっているらしい間を置いて「仙太郎!」と声がして、パッと戸口から入って来る加多源次郎。小具足姿。乱髪)
[#ここで字下げ終わり]
仙太 お! お前は、 加多さん!
加多 何をグズグズしているかっ! 一直線に湊、館山だ。早く来い、さ!
仙太 ちょ、ちょっと待ってくれ。俺あ――。
加多 文句をいうなっ! 知っている、井上とも今井にも会って聞いた。内輪喧嘩がどうしたと? 内輪喧嘩のない仕事があるか! 馬鹿、さあ来い! キリキリしろ! (いきなり仙太郎の襟がみを掴んでいる。放っておけばそのまま表に引きずり出して行きそうである)幕軍がツイそこまで押して来た!
仙太 (襟を振りもぎって)何をう、しやがるんだ!
加多 命が急に惜しくなったのか?
仙太 もうその手は食わねえよ、加多さん。第一、行かねえとはいっていねえ。命が惜しくなったかといって怒らせさえすりゃいうなりになると思っているのか? おっしゃる通り命が惜しくなったと言やあどうする気だ? よし、まず、これを見ろい! (と懐中から位牌を出して土間にガンとおく)
加多 何だ、これは?
仙太 読んで見な。百姓仙右衛門。……俺の実の兄きだ。……俺が手にかけた。……抜刀隊で働き出した去年の暮、それと知らずに俺がやった。親とも思い、おふくろと思ってたずね捜していた、かけがえのねえ兄きだ。……加多さん、俺あこれだけのことをしているんだ。命が惜しくなったのかといわれても、もうツンとも応えはしねえのよ。通り越しているのだ。
加多 フーム。(位牌を睨んでいる)
仙太 ……そのほかにも斬っちゃならねえ人を何人手にかけたかわかりゃしねえ。何のためだ?
加多 (大喝)馬鹿っ! 死ぬ者は死ぬ! 文句を並べるな! こんな物が何だと言うのだ。どうにかすれば、これが生き返ってでも来るか? 見ていろ! (いきなりバリバリバリと位牌を踏みつぶして、砕いてしまう)
仙太 加多っ!
加多 天狗党隊士真壁仙太郎として湊で死なしてやる! わかっている! いいから来い!
[#ここから3字下げ]
(再び仙太郎の肩を掴み、仙太郎もあえてそれを拒まず、戸口へ歩みかけるそこへ丁度外からヒョイと飛込んで来た人影とぶっつかりそうになる。入って来たのは旅拵えで、左肩から腰へかけてまだ繃帯をした甚伍左である。三人同時におお! と低く叫ぶ。加多と仙太郎は飛下っている)
[#ここで字下げ終わり]
加多 ……甚伍左!
甚伍 加多さん! ……仙太郎!
[#ここから3字下げ]
(そのまま三人が土間の三方に突立ったまま、互いに眼と眼を見交したままジッとして動かなくなる。……永い間。
少し離れたところをかなりの人数が走って行く叫び。遠くの砲声、銃声)
[#ここで字下げ終わり]
甚伍 加多さん、事あ、
前へ
次へ
全65ページ中51ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング