、どうなることかと思った……。どっちせ、ここは早く立退かなきゃ……屋敷から人でもくるとまた面倒だよ。
仙太 (まだ棒のように立ったまま)ウム……。
お蔦 どうかしたのかえ、ボンヤリしてさ? ……こんなこと、もう、まっぴら。……どうしたのさ、仙さん?
仙太 (頭をブルブルと振って)その辺に水でもねえか? のどが乾いてならねえ。
お蔦 困ったねえ、水といったって……。(見廻して吉村の飲んでいた酒の入っている徳利を見て、拾う)妙だねえ、あの騒ぎに、ひっくり返りもしないでいる。……ああ、まだ少しあるようだ。あいよ。
仙太 (徳利の口からじかにゴクゴク音を立てて飲む)ム、ム。
お蔦 ……さ、行きましょうよ。
仙太 ……親方あ、うまく逃げおうせてくれたかな。……少し斬ったか。
お蔦 甚伍左とかの爺さん? だってお前、お前斬る積りじゃなかったのかえ?
仙太 ふん……。(徳利をポンと捨てる)
お蔦 第一あの爺さん、お前、前々から知っている人かえ?
仙太 知っている段じゃねえや。
お蔦 それをまた何だって斬るの殺すのと……?
仙太 それをいうな。(坐る)
お蔦 どうしたんだよう! いうまい、聞いて見ても私なんぞには解りゃしない。どっちせ、私の役目はこれで済んだ。……仙さん。
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(間)
[#ここで字下げ終わり]
仙太 ……親方が何とかいったなあ、俺に……。
お蔦 デク人形がどうとかして、とか何とか、何のことだか。
仙太 フン……。(ゴロリと畳の上に仰向けに寝てしまって、マジマジ天井を見る)
お蔦 寝てしまっちゃ、しようがありはしないよ、仙さん! 早くフケないじゃ、こいだけのことをしといてさ。……いまに鷲尾の何とやらがやって来たらどうするんだえ? ねえお前さん。……(仙太返事をせぬ)……もう一月の余も、お前さん達のために、手引をしたり駆け歩いたり、私もよっぽど酔狂な、今夜なぞも、この外あっちへ行ったりこっちへ廻ったりして見張っている間、あたしゃきも[#「きも」に傍点]が縮んだわな。……何が何だか女なんぞにゃ理屈もヘチマも解りゃしないけど、お前のためだと思えばこそ、こんな真似もするが、これっきりでふるふるご免。……寝込んでしまっちゃ、いけないよ。……そんなに人を殺せばとて、世間がどうこうとなるじゃなしさ。第一、お前さんだとて、井上さんからヤイヤイいわれながら、そんなに気は進んじゃいなかったもの……。
仙太 いうか!
お蔦 ……いうなといえばいやあしない。したが話がさ、あたしが、何故にこんなことをいうのか、お前さん百も承知だものを。ちっとは察しておくれよ。
仙太 (矢張仰向いたままで)お前も度胸がよくなった。
お蔦 あいさ、もとはこんな女じゃなかった。……御朱印外も常陸の方の生まれは生まれだけど、小さい時からの深川育ち、もともとこんなにシダラがなくはない。意気も張りも無くなったのは何のためだ? ……去年の暮の、お前さんが百姓になるんだと云って江戸を打立ったときにだって、百姓暮しで結構だと言ってさ、少しばかりあった稼業のかかりの肩を抜いてまで、一緒に連れて行って貰うのを楽しみに待っていたのを振切って、お前は一人で行ってしまった。……ヒョックリ戻っておくれだと思えば、今度は斬ったの斬られたのの沙汰ばかり……。
(短い間)
仙太 ……それかも知れねえ。
お蔦 え? なにが?
仙太 デク人形がだ。……親方は何とか言ったっけ?
お蔦 しっかりしておくれよ。……いまだって私あ、いまだって私あ……。
仙太 ……お前にゃ済まねえ。
お蔦 すぐに、済まないとお言いだ。私あ、そんな、そんな、詫びてなんぞ貰いたくはない……。
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(永い間)
(仙太郎、ムックリ起きる。少し顔が青い。そのまま立上って、少しキョトキョトするような気味でその辺を見ていた末、何と思ったのか畳を歩いて縁を庭へ降りスタスタくぐり戸の方へ)
[#ここで字下げ終わり]
お蔦 仙さん、どこへ行くんだよ?
仙太 ウ? (といってチョイと振返るが、お蔦の姿が目に入らないような表情で再びスタスタくぐり戸をくぐつて外へ)
お蔦 ま、待って、仙さん! 待っておくれよ、まあ、邪慳な(と、自分も行こうとして、柱に打込んだままになっている仙太郎の刀を認めて、それをこじ上げるようにして抜いて)これを置きっ放しにしてさ。……ま、待っておくれってば! 仙さん、どこへ行くんだよ、私も一緒に連れてってくれ、仙さん! 仙さん! (と、抜身を袖で蔽うように抱えて、すそをキッとはしょって小走りに仙太郎の後を追って消える。――舞台空虚のまま暫く間……)[#地付き](幕)
[#改段]
7 花道だけで
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前場の幕が降りるとすぐ起る夏祭の囃子鳴物、それに混って遠くで多人数のワ
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