る)
お蔦 あ、危いっ!
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(その声と一緒、開いたままになっているくぐり戸から真一文字に飛込んでくる仙太郎。黙って兵藤の斜め横から飛込んでダッと体当りをくれる。同時に大刀の柄《つか》頭で兵藤のひばらの辺に当て身を入れたらしい。兵藤タタタと右手の方へ倒れる。それと仙太が縁側に飛上って奥の吉村と睨み合って立ったのとが殆ど同時)
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吉村 慮外! 誰だっ? 名乗れ!
仙太 井上さん、これが……?
井上 うむ、吉村だ、吉村軍之進!
吉村 名を名乗れっ!
仙太 真壁の百姓仙太郎。行くぜ! (いきなり大刀を引つこ抜いてジジジと吉村の方へ迫る。兵藤、吉村を斬らせじと縁側に躍り上って斜め後から仙太に迫る。仙太ザッと横に払って兵藤を一、二歩飛びさがらせておいて、返す刀を構えもせず、ツツと吉村の方へつけ入るなり、くさび形にバッバッバッと斬り込んで行く。吉村はすでに上段を正眼に構えなおしていて、三、四合かわすが、相手の殆ど乱暴に近い博徒流の攻撃に押されて手が出ず受身。その間、井上は甚伍左と闘っている。仙太刀を引いて構える。ジリッと進む。吉村少しづつ退る。仙太、オウ! と叫んで再び斬込み、ガチッと音がして、吉村の刀が仙太の刀にからみついたようになって、そのまま間。――えいっ! と叫んで兵藤が仙太へつけ入る。仙太がムッ! といって身引いて兵藤の大刀を払ったのと、吉村がタタッと退って右端の縁端に出て半ば開けてある障子を小立てに取ったのと一緒。間髪を入れず、仙太兵藤を横になぐ。兵藤左小手をかすられて一歩退る。仙太、ないでおいてそのまま、右障子の方へ迫る。吉村、エイと叫んで障子ごと真向から仙太の肩へ斬りつける。仙太、身を沈めてムッと口の中で叫んで、これも障子ごと斜め下から突きを入れる。僅かの差で仙太の突き、決ってウオッと吉村叫んで縁側から向側へ落ちる。唸声)
甚伍 あっ! 吉村先生、吉村先生!
井上 仙太、この甚伍を! 甚伍を斬れっ!
兵藤 甚伍! 逃げろよいか、拙者も……。(いいながらも仙太に対して構えたまま、ジリジリ退る)
甚伍 逃げます! 私も逃げるから、あんた先に!
井上 くそっ! 逃げるとは卑怯っ!
甚伍 逃げる前に、そっちの奴に聞きてえ! 手前が斬った吉村先生が、どんな人だか貴様知って斬ったのか? 水戸の天狗が、どんなことを、云ったのか知らねえ。が、吉村さんは公方様並びに一ツ橋様お声がかりの、大事な、大事な人だぞっ! どめくらめ! 時世も何も見えねえ、ワアワア連の言うままに、踊って、調子に乗って、人を斬る! 野郎、デク人形めっ! 諸藩連合、公武合体、ひいては御一新、吉村さんを無くしたために、どれ程遅れるか知らねのかっ! こ、こ、公武合体は筑波でも立てまえにしていることでは、ないかっ! 斬るなら斬るで、理否を明らかにした上、話の筋道を知った上に、なぜ斬らぬっ! デク人形めっ、馬鹿、馬鹿、馬鹿っ!
井上 何を、いま更! 仙太、斬れっ!
仙太 (甚伍左の言葉が耳に入るや、刀を下げて)なに、一つ橋様だと?
甚伍 そうだっ! 人のため、世のため、国のためを思ってすることならば、ためになるようには、なぜしねえんだっ! 一党一派を立てるための、差し当りの邪魔になる者は皆斬るのかっ! それのダシに使われて、それが、それが。デク人形め! (井上をそのままにして仙太の方へ迫って行く)
兵藤 甚伍、逃げろ!
井上 弁口無用っ! 仙太、聞くな、斬れ! そいつを斬れ! なぜ斬らぬ! 斬らんか! 利根の甚伍左獅子身中の虫だ。奸賊、斬らんか、仙太っ!
仙太 オウッ! (と叫んで本当に斬る気はあまりなく、ザッと甚伍左目がけて片手なぎに斬りつけた刀が甚伍左の腰をないだついでに柱にガッと音を立てたのと、兵藤がその隙に座敷の燭台を刀でパッパッとなぎ倒して四辺を真暗にしたのと殆ど同時。何もかも見えなくなった中を甚伍左と兵藤がタタタと、くぐり戸の方へ逃げ走る。足音)
井上 逃げるなっ!(それを迫って走りながら)仙太郎っ! 追うんだっ!
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(足音が入り乱れて、塀外へ。走って遠くへさる。舞台は真暗でシーンとなってしまう。
永い間。
やがてカチッカチッと小さな音がして、火の光が見える――お蔦が火打石でホクチに火を移しているのである。その、かすかな光の中に、座敷の真中に呆然と棒立ちになっている仙太郎の姿が見える。抜身は右手の柱に斬りつけて喰込んだままになっているので素手だ。――間)
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お蔦 ……せ、仙さん! こ、こわかった! 何てまあ……。(立って座敷に上り、燭台を捜す)お前さん、追っかけて行かなくともいいのかえ? ……(いいながらやっと燭をともして右手へ行き、吉村が斬られて落ちた辺をすかして見る)あたしゃ
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