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(三人は谷に向い、益々赤く焦げる空に対して、ジーッと無言で真壁の方を見詰めて立つ。事実音が聞こえる程に物凄く赤黒く焦げて行く空。
三人無言で立ったまま非常に永い間。――驚いてけたたましく鳴く遠くの猿の声。夜鳥の叫び。
やがて、前の時とは較べものにならぬ程急調にドウドウドウと山一杯に鳴り出す社の太鼓の音)
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仙太 (その音で目が醒めたようになり)おう、こうしちゃいられねえ! (と箱を抱え込んで)じゃ、お二人さん、まっぴらごめんねえ。
加多 仙太、逃げるか?
仙太 冗談だろう。約束したんだ、とにかく植木まで突走るんだ。ご縁がありゃまた。(右手へ)
加多 五月には来るか?
仙太 先の約束あわからねえ、ま、ごめんねえ。(風のように右手へ消える)
今井 あの者、放してやっていいのですか?
加多 悪いとしてもしようがあるかな? ハハハ、いや五月には来ます。拙者が太鼓判を押す。
今井 (赤い空を見て)ウワッ! 爽快だなあ! 真壁に居合わさなかったのは残念だ!
加多 また、剣舞か? まず御免だ。気を立ててはいかん。さあ、行こう。(懐中から地図を出す)
今井 え、まだ行くのですか?
加多 (地図を調べつつ)君は、ではここで引返す気でいたのか?
今井 いえ、そういう……。
加多 まあ、気を立てたまうな。頭が熱すると物が見えなくなる。ええと、布切れで、そこの木立に目印を結んで貰いたい。(今井しぶしぶいわれた通りにする)そう、それでよい。ええと、ザット、いま、寅《とら》の一点かな。いや、おかげで北斗が見えなくなって困りもんだ。まあ、いい、西南稍|未《ひつじ》寄りか、さあ行こう。これから女体だ。(二人尾根道の方へ歩き出す。けたたましい太鼓の音の中に幕)
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4 植木村お妙の家
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今は荒廃しているが、以前はさぞ立派だったろうと思われる大庄屋の家の母屋の内部。現在では人の出入は勝手口ばかりからなされているらしい。
舞台右手半分は広土間、左手半分は大炉を切った勝手の板の間。
広土間の奥――舞台正面やや右手寄りに、くぐり戸付きの勝手出入戸。右隅に釜場。板の間の左手は戸棚になっていて昔はそこに台所道具が入れてあったらしいが、いまは下の段は戸が立ててあり上の段には沢山の位牌が並べてあって仏壇に当ててある。戸棚に続いて
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