で鳴りをひそめていた群衆がざわめき立つ。思わずヒーッと叫声をあげる者もいる)……上《かみ》にお手数かけ申すまいぞ! 出ませい! 出ろ!
百姓四 ああ、また始まった! (仕置場の見えるところへ走り寄り、下を見てから振返り)あっ、始まった、今度あ、その仙衛ムどんだで! (と言われて一同がホッと救われたようになり、ゾロゾロバタバタと仕置場の方へ降りて行く。鳥追と馬方だけが道の端に残って下を覗いて見ている)
仙太 (追いすがって)ああ、お願いでええす! お願いでごぜまする! お願い……(いくらすがりついても振り切って行かれてしまう。膝を突いて見送って暫くボンヤリする……間)……あああ。
段六 仙太公 もう諦めな。しょせん無駄だて……。
声 本日の御処置、本人百姓仙右衛門初め、控えおる村方名主及び五人組近隣の者共、お上御慈悲これある御取計いの次第、および向後のため、忘れまいぞっ! それ、始められい! (声と同時に、土手下のざわめきが一時に静まって、声が終るや否やビシーッ! と音がする。下人が握《にぎ》り太《ぶと》の青竹を割ったもので仙右衛門の背中を叩き下ろした音)
他の声 ひとおーつ! (同時に仙右衛門の呻き声。これを聞くや仙太思わず立上る。次にヘタヘタしゃがむ)
段六 仙太、もう戻ろうてや。おい仙太!
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(言っている間に、再びビシッ! と音がして他の声が「ふたあーつ」と算える声、呻声。この二ツ目の声で仙太自分が打たれたようにウーンと唸って路上に突んのめってうつ伏してしまう。以下鞭打の響きごとに彼は自分の背に痛みを感じるようにうつ伏したまま身もだえをする)
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鳥追 あっ! あっ! 見ちゃおれやしない。あれっ! 丈夫でもなさそうな人だのに。どうにかならないのかねえ! いくつだろう?
馬方 百叩きだて。しまいまで身体あ持つめえの。また、今度の叩きに廻っている手先の奴あ力がありそうだもんなあ。馬だ、まるで。なあ、全体がよくよく運の悪い人だぞ、仙衛ムてえ人は。いまどきこのせち辛えのに上納減らしの不服や相談|打《ぶ》たねえお百姓なんど一人もいるもんじゃねえさ、そのうえに新田に竿入れやらかそうてんだものを。選りに選って御見廻《おみまわ》りなんどに見っかるちうのが、よくよくのことじゃあ。始めから終えまで、運の悪いというもんはしようのねえこんだ。
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