らんなどとシラを切れば、今日明日には武装した犬どもが何百となく県の方から押寄せて来ようという差し迫ったいまだ、悠長なことはやっておれん、このところで制裁を加えるぞ、よいな!
滝三 (困りきって)……それだと言って、そんな無法な……知らんものは……。そんな難題ば……お父うよ、お父う。
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(呼ばれて口の中で返事をしながら、稲の中に上半身を起す老農夫。笠をかぶり純然たる小作百姓のなりだし、それに実際の年齢よりもひどくふけているので初めそれとは全然わからず、ヤッと後になって昼休みで道にあがった時にそれとわかる程に完全に百姓爺になってしまった仙太郎である)
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袴 ではお前が仙太郎さんのことを知っているんだな? どこだ住居は?
仙太 へい、知っております。……ここからじゃ遠いて。小半里《こはんみち》はありやす。
洋服 どっちだ? いまでも丈夫か?
仙太 そっちへ行って小貝川に行き合うたら、こんだ川に添うてドンドン下って、植木と言う在をたずねたらようがすて。……しかしうちにはいめえて。もうスッカリ百姓でなあ、毎日タンボさ出るほかはボケてしもうて、人とはロクに口もきかねえそうな。
袴 よし、それでは、急いで行くか。
仙太 あんたら、自由党とかでいまの政府を倒すそうなが、……そいで、政府ば倒したら、そん後《あと》、どうなさいまっす? あんたらがこんだ大臣やなんどにおなりけ?
着流 貴様、失敬なことをぬかすと……!
洋服 おいおい、こんな爺を相手に……よせよせ! さ、行こう! (三人花道の方へ行きかける)
仙太 (見送って、独言のように)行っても無駄でしょうて。仙太郎さは、もうはあ百姓だで、そんなことに手は、よう出しますめえ。
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(三人はそれでチョイと立どまりかけるが、貴様達に何がわかるといった調子で聞かず、急ぎ足にドンドン揚幕へ。それを立って見送っている仙太郎と滝三――間)
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滝三 お父う、……お父う、あんな無茶ばいってええのか? 嘘だってわかると……?
仙太 ああによ。……嘘じゃねえ。さあ、またやろうか。
声 あんだとお? (と少し調子はずれの声を出していままで稲の中にいたもう一人の爺が立上る。これも老人になってしまった段六である)もうはあ、お茶だと?
滝三 また、伯父さのツンボの早耳だ。(
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