おい、なぜ返事をしない?
着流 返事をしないと、斬るぞっ! 常毛《じょうもう》自由党員を何だと思っているか!
洋服 いや、百姓というもんは、どこの百姓でもこれ式ですよ。始めからしまいまで黙っている。自分のシッポに火がついても黙っている。ギリギリのどだん場まで黙っている。百姓を相手にするには、それをわからんきゃいかん。われわれが味方にし相手にするのは、この種の人間だ。これが第一歩だ。中央に坐りこんで机の上の民権論ばかりで日を暮している板垣輩、または星先生の一党の是非ならばいざ知らず、富永先生以下、真に地方の田畑の間から自由民権の萠芽をもり立てようとならば、やり方が少しあせり過ぎはしないか。なぜなら、百姓は実に、これが百姓なんだ。
着流 おいおい、ここは演説会場と違うぜ、演説は止めておけ! (水田へ)おいこら!
袴 (水田の者達はホントに少し腹を立てている)おい! お前達、僕等に敵意でも抱いているのか? 返事だけでもすればよいではないか? 急いでいるのだ! これでもわからんければ……! いや、おい何とか言え。第一その仙太郎老がこの辺に住み百姓をやっているということは、小さい時からその仙太郎老のために育てて貰った。いわば養子の一人だ、目下自由党に加盟して働いている真壁虎雄君から聞いて来たんだから、確かな話だ。
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(それを聞くや、えっと驚いたらしい声がして、稲の間に滝三が頭を上げる)
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滝三 真壁虎雄? ……自由党に?
着流 真壁を知っているのか? では――。
滝三 いんや、……その……(と躊躇して、少し離れたところで泥掻きをはじめた百姓の方を振返ってモジモジしている)知っちゃいねえ。知っちゃいねえけんど……その、仙太郎を捜してあんた方頼みたいと言うは、何かね?
袴 何かお前知っているらしいな。よし、それでは言おう、頼みたいと言うのは、沢山あるが第一にわれわれが山の方へ入るについて、人数が手薄なのでこの辺の村から、われわれと行《こう》をともにしてくれる元気な青年を加えたい。それと、兵糧のこと、これらの件について、郷党の間に信頼されている立派な口利きが欲しい、それで是非その斬られの仙太郎さんに出馬して貰いたいのだ。
滝三 へえ……。(うしろを振返ってマジマジする)
袴 さ、これだけ言ってしまった、もう知らぬとはいわさんぞ、君! 知
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