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(間。……右手から仙太郎出てくる。戦い疲れ、着物なども破れたりしているし、それに弾傷を負っている左の腕を、血でよごれた手拭いで頸から釣っている。空腹と疲労のために青ざめた顔をして、右手で刀を杖に突いている)
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仙太 (黙って自分を睨んでいる水木に)ああ水木先生、何かご用で、なに、今井さんが先生が此方で呼んでいらっしやるからっていってね……。加多さんもいなすったのか。久しぶりだねえ、加多さん。ズーッとかけ違っていて、考えて見ると、部田野村から館山へかけて行くときにチラッとお目にかかった時以来だ。
加多 ウム……。
仙太 傷をなすったっていうが、どうだね?
加多 ウム……。
仙太 (加多が顔をそむけるので、取付場がなくて、水木を見る。そして、水木の抜刀を見、妙に緊張している顔を認めて変に思いながら)……どうなすったんだね? (ジロジロ見る)
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(間)
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水木 (抜刀を鞘に納めるためのように袴で拭きながら)ひどいものだな鞘に入らぬ、ハハ。
仙太 一ツ橋様が大津から海津へお向いになったというのは本当ですかねえ?
水木 知らぬ。……誰から聞いた?
仙太 なあに、人足の釜次郎が昨日味噌を買いに峠を越えて加瀬ヵ越し近くまで行った戻りに大垣からやって来た馬子から聞いたっていいますがね。また聞きのまた聞きだからどうかと思って。
水木 そうだ、お前の手の、寄場の者等十人余りは何処にいるのか? 何をしている?
仙太 何か用かね?
水木 ウム、急ぐ用がある。
仙太 なんだ、そんなことか。それならば、わざわざこんなところへ呼ばなくともいいに。いえそれがね、あの連中何処へ行ったんだか、この二、三日まるきり見えねえ。実は私も少し気になることがあるんで捜しているんだが……人に聞いてもわからねえし。東浦寄りの溜りにもいねえそうだ。
水木 気になる? 気になるとは何だ?
仙太 なに、それは此方のこと。
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(間。――水木は矢張刀身を拭うような手つきをしながら、気づかれぬように横身のままジリジリ仙太郎の方へ寄って行っている)
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水木 ……つかぬことをいうようだが、仙太郎、これからどうなると思う? 全軍はどうしたらよいと思う?
仙太 私等なんぞに、そんな、わかりゃしねえ。無理
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