分が初手にこうと思った正直な心持を大切にしなくてはなりません」に傍点]。女には生涯は一度しかありませんよ。ああの、こうのとそれをひねくったり、こじらせたりすれば、後で罰があたります。仙さんにしたって……(言いよどんで黙ってしまう)さあ出来ました。
お妙 ……(泣けてくる)……すみません。
[#ここから3字下げ]
(間)
[#ここで字下げ終わり]
お蔦 ……(つとめて笑おうとしながら)さあ、奥へ行きましょう。蒲団を敷いて来ますからね。……私は、明日あたり江戸へ立とうと思っています。
お妙 ……まあ、どうして?
お蔦 どうして? フフッ、(お妙の顎を掴んで頬ずりのようなことをしてからツイと奥の方へ歩き出しながら)ホ、ホ、御朱引き外も外すぎる、こんな田舎で芸者もできないじゃありませんか。
お妙 あのう、お蔦さん、よっぽど前からおたずねしようと思っていました、……芸者になればお金がたんと取れますかえ?
お蔦 お金? どうしてまたそんな?
お妙 ……私になれたら、なろうと存じます。いえ、……もう内にはお金がまるでないのです。拵えるあてもありません。あれだけの子供達がもうじき食べ物も着る物もなくなります。そのうちにお江戸にたずねて行くかも知れませんから、どうぞお世話して下さいな。
お蔦 まあ、それで! いけません。第一、何か芸が出来ますかえ?
お妙 あい、お琴を少し習いました。それから仕舞いを少しばかり。
お蔦 琴と仕舞ですって! ホホホ、駄目々々。全体、芸者になろうなどと、悪い了見。金がなければ仙さんに相談なさい。仙さんにいつまでもここにいてお貰いなさい。仙さんは……。(フィと奥の間に去る)
[#ここから3字下げ]
(取残されたお妙は炉端に坐ったまま、ジッと前を見詰めたまま考えている。――永い間――遥か遠くにかすかな銃声と、さらに遠雷のように響く砲声一、二。……)
(戸口からフラリと入ってくる仙太郎)
[#ここで字下げ終わり]
仙太 ……おお戻っていたのか、お妙さん。……どうしなすった? 顔色が悪い。
お妙 仙太郎さん、その寄場の人達というのはどうなさったのすえ?
仙太 あんたも知っているのか。……ことわった。しかし、……帰ろうとは、どうしてもしねえ。
お妙 ……では、あなたは筑波勢の方へ行くのは、すっかりやめてしまったのかえ?
仙太 ……。(あがりもしないで土間に突立ってい
前へ 次へ
全130ページ中100ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング