も知れんが、敢えて申せば、貴藩の去年から今年来のやり口、引いては単独での数回の打払い願い上書の如き、それだ! 如何!
井上 なにっ! そ、それでは貴藩はどうだ?
兵藤 拙藩にもそれがないとはいわぬ。いくらかあろう。しかしながら大局より見て、長州は貴藩ほど功をあせってはおらぬ。ま、下におられい。聞くだけは聞いてからでもおそくはない。なぜ、拙者がかかることが言えるかと申せば、出身が長州とは申しながら、拙者のいたしていること、いっていることは一国一藩の休戚のことでないと自ら信じているからだ。
井上 フン、フフ……。
兵藤 な、何をあざ笑われるのだ!
井上 おかしければ笑う!
兵藤 おかしいとは何がおかしい? 無礼……。
吉村 兵藤氏、君までか? ハハ、まあよいて。
甚伍 全く。もう、論の方はそれくらいになすって……。
兵藤 いや、ハッキリさせておかねばならぬこともある! 貴公、何がおかしいのだ?
井上 調法なものよ、口というものは! 何とでもいえる。フフ。
兵藤 それでは、拙者が腹にもないことをいっているというのか? それを聞こう。何がどうなのか聞きたい。いわぬか?
井上 そうか、それが聞きたいか。それなればいおう。いい抜けは無用だぞ、よいか貴藩のやり口が正々堂々の道を踏んでいるものなれば、第一に拙藩有志において常野《じょうや》の間に事を挙ぐれば貴藩においても相呼応して事を挙げ幕軍をして前後両難に陥らせようとの約、および第二にいよいよとなれば軍資武器その他のことは貴藩において考慮手配しようとの口約、これはどうなったのだ?
兵藤 そ、そ、それをまたいうか! 先程も……。(いいつづけるが、無駄と知り呆れたような顔をしてフームと唸っている)
井上 何度でも申すぞ! これについて明瞭な返答をしてから、いくらでも小綺麗なことを申されよ。大義とやらの話もその後で聞く。
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(間。――井上と兵藤、マジマジと睨み合っている)
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吉村 (甚伍左に)おい、酒はもうないか?
甚伍 へえ、何しろ無人《ぶじん》で。
吉村 表の児玉を呼んで買いにやるか?
甚伍 それでは外廻りの警固が手薄になります。
吉村 そうビクビクせずともよいということよ。
甚伍 しかし、何しろ……。
兵藤 (不意に青い顔になり)貴公は天狗組の隊士か?
井上 ……そうだと申したら、何と
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