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段六 (びっくりして、走り出して花道へ。七三で振返って)こんなところにいねえで、早く帰って来いよ、仙太! (言い放って井上が追って来そうな気配を見せるので一散に揚幕へ消える)
井上 いいのですか、逃がして? やって来ましょうか?
水木 ウム。怪しい男だ。
加多 いや、待たれ。大事ない。それよりも……おい仙太郎。何をボンヤリしているのだ?
水木 こら、しつかりせえ! 呼んだのに何故来ない?
仙太 ……兄きを斬ったのはこの俺だ。
水木 どうしたと? 何をいうか、馬鹿。
加多 仙太。(仙太の肩を掴む)
仙太 (眼が醒めたようになり)へい、こりゃ加多さんに、水木先生。
水木 いまの男は、確かにお前の友人か?
仙太 段六……。(見廻して)ああ、もう行ったのか。さようで、へい。(また、二つ三つ泣き声がこみ上げて来る)
井上 大丈夫ですか、この男で? 何だか少し……。
加多 いや、それは拙者が保証する。こんなふうになるよ。京都で土州の士で飯田という、これがその方にかけては名人といえる奴で、十日に一度は斬って居らぬと眠られぬと称していたが、よく知っていたが、その男が時々おかしくなるのだ。それが無いと斬れぬ。いって見れば、それで初めて本式な凄味がついてくるとでもいうか。……仙太郎、これからすぐ江戸へ行くのだ!
水木 重大な使命であるによって、その積りで! 万事、井上君に聞けばわかる。少し荷が勝つかも知れぬが、遊隊第一人のお前だ。どうかしっかりやってくれよ。
仙太 また、やるのか? ……へい。
加多 為終せれば殊勲だぞ。その当の吉村軍之進といったな、井上? たしか、小野派一刀流切り紙以上、なお、甲源流に少しいた、それに小太刀をよくするそうだ。朝比奈などの蔭にかくれて懐刀などといわれている小策士らしい、如何にもな、小太刀とは。どっちにしろ、そこら辺の藩兵づれとは違う。あなどるとおくれを取るぞ! よいか仙太。
水木 事は迫っている。早いところを頼む。それに、利根の甚伍左、吉村と一緒におるか、おらなくとも、場合により斬ってよい。いや、あんな奴は斬ってしまったがよい! なお、長州の兵藤もともにおるかも知れんが、これもやれればやって大事ない。万事、井上と相談してやれ。半分でも成功すれば、その日より、お前も士分以上の扱いは、約束して置く。なお、当座のかかりに、これを。(金包みを出す)
井上 打
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