因果な男だ。いいや、俺が腹を立てたのは、そんなことではねえ。お妙さんのことだけを聞いて、その前に兄きのことはなぜ問わねえのだ? 仙エムどんのこと、お前忘れたのか?
仙太 おお、それじゃ兄きの行方がわかったのか※[#感嘆符疑問符、1−8−78]
段六 それ見ろ、馬鹿にしくさって※[#感嘆符疑問符、1−8−78] 行方がわかったわ。仙エムどんはな……。いや、ま、これを見ろえ! (懐中から位牌を出して地におく)野郎、眼のくり玉ば、ようく据えて見ろよ。
仙太 こいつは白木の位牌だが文久三年十二月廿五日、去年の暮か。すると……まさか……?
段六 そりゃ表だ。まだ戒名もつけてねえ。裏を見ろえ、裏を!
仙太 (位牌を裏返して見て)お! それじゃ……!
段六 (鼻をクスンクスン言わせて)お前が、こんなロクでもねえ戦なんどに夢中になっている間に、仙エムどんは、そんねえにならした。(その間仙太郎は位牌を見詰めて立ったまま目まいでもするらしいようすで呆然と黙っている)……仙エムどんのように腹の中の綺麗であった人もねえが、また仙エムどんのように仕合せの悪かった仁も珍しい。あれは本当のお百姓であったて。俺あ太鼓判を押していうが、あれが本当のお百姓であったて。俺あ泣いても泣ききれねえぞ。
仙太 (やっとわれに返って泣く)……兄きよ。どこで? 段六公、どこで、どうして? お前のところでか?
段六 俺とこの畳の上で病気で死なしゃったのならば、こんねえにいいはせぬ。人に斬られて死なしゃったのだ。
仙太 お、人に斬られて※[#感嘆符疑問符、1−8−78] だ、誰だ、斬ったのは?
段六 それがわかるものか。しかし人の噂では何でも(四辺をキョロキョロ見廻して)ここの天狗の者が斬ったというぞ。
仙太 う、嘘をつけ! 証拠があるか?
段六 証拠はねえ。去年の暮、そうだて、あれはお前が金を持って俺とこへやって来て、お妙さまに持ってってやるように頼んで行った次の次の日だ、結城様の軍夫が沢山斬られて死んでると聞いて、もしやと思って行って見たら、その中に仙エムどんがいた。ここからこう、たったの一太刀で割りつけてあったあ。うん……。あんでも、仙エムどんは方々をウロウロして暮している間に、結城の藩士につかまってしまい、無理やりに雑役に使われていたらしい。その時の兵糧米の俵ば担がされていたのを、ブチ斬られて米は天狗に取られ
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