め終って、揚幕の方へ駈け出しかける。そこへ揚幕からタタッと走り出してくる男。行商人と飛脚の合の子みたいな装いをして息せき切っている)
遊五 だ、誰だっ! (認めて)おお、あんたは水戸へ行った早田さんじゃありませんかっ! 藩の方はどうでした?
早田 佐分利君か! いやあっちも面白くなって来たぞ、奸党諸生組の朝比奈、佐藤、市川以下が正義党のことをお上《かみ》に讒訴するために江戸本邸に去って以来、水戸は正義党の天下だ。気勢が挙っているぞ。然し、お上《かみ》は例の通り煮え切らないでいるし、奸党には幕府がついている。所詮は幕府の尻押しで正義党を押えにかかるは必条、焦眉に迫っている。すでに時日の問題だ。武田先生、岡田先生以下の諸氏も共に起たれるぞっ! 僕は岡田先生の使いで来たのだっ! 水木、加多、その他の先輩は山上か? 屯所は? 本隊は?
遊五 そうです。それは痛快だ! 三木さんが第一屯所にきていられるが、寄らないでドンドン行ってくれ。本隊のことはよく知らんが、何でも玄勇隊はすでに日光を進出したらしい。じゃ後刻!
早田 そうか。君は、これから?
遊五 結城の方角へ一っ走り、本拠よりの伝令です。いや、抜刀隊と遊隊の一部で焼打ち、軍資狩りに行ったんですが、藩兵が多少出てきて抵抗、相当苦戦らしい。戻りに四五人叩っ斬って来るつもりです!
早田 よし、しっかりやろう、お互いに! ウム! (と二人手を取合いシッカリ握り合って、そのまま遊五は揚幕の方へ、早田は本舞台へ、走り別れる。早田、柵門内へいきなり走り込んで行きかけるが、チョイと立ち停って右奥屯所の方へ向って)水戸、岡田先生よりの使い早田隼人通るぞっ! (それに応じて屯所の方でのガヤガヤ言っている声の中に誰かが「おお早田、ご苦労! 早く通られえ!」と怒鳴る声が聞える。早田は柵門を通って奥への道を一散に走って消える。舞台空虚。……屯所の方では酒でも出されているらしく、笑声、叫声、拍手などの騒がしい音。中に、「剣舞だっ!」「よせよせっ!」「俺が、あやめ踊りをやるぞっ!」「よせ、ドン百姓っ!」「ドン百姓たあ何だっ! 百姓も士もねえぞっ! クソッ、同じように天狗隊の隊士だぞっ!」「ヒヤヒヤ! そこが百姓だっ!」「チェストオウッ!」等の声が聞きとれる。少し酔った声で隊士一が怒鳴る声……「剣舞なんど無粋なもの止せっ! 軍の門出に俺が踊って見せる! 
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