もう一度短剣のサヤを払って
澄み切った刃の鏡で自分の顔に最後に別れを告げてから築地へ急ぐ
梅雨どきのアパートの天井裏にナマぐさくカビが匂う
いよいよ今夜が最後だと思うと
そこにしゃがんでいながら、どういうわけか私は物悲しいような気持でいた
この前の事があったためか、お前はほかの男が又来はしないかと、最初のうちはビクビクと
一度なぐられた犬が飼主に近づくように、女のきげんをうかがっていたが
その晩はどうしたのか、女の方がションボリしていて、
お前の出したサツたばにも手をふれようとせず、
片手を胸にさしこんでふさいでいる
どうしたの? どうしたんだよ? ねえ君
なめまわすようにお前が問いかけるのにも
女はしばらく答えなかったが
やがてボロボロ泣き出して「ジが出た」と言う
「ジ?」お前は何の事だかわからなかった
私にもわからなかった
それが、やっと痔だとわかっても、おかしい気持はちっとも起きないで
この女の白痴のような子供らしさに
胸のどこかをキリリと突かれたような気が私はした、
お前もチットも笑わないで、心配そうな、むしろ急に元気になった顔をして
どれ、僕が見てあげる、手当はしているの?

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