だ講演会だで
ほとんど毎日外出する
三日に一度は夜になる
私がねらうのは、その夜だ
踊りの仕事や男たち相手の稼ぎを半分にへらしてしまい
まっ黒なスーツに紺のコートで闇にまぎれて見えぬよう
上等のラバソールの軽い靴を買って、近く寄っても足音のしないよう
お前の家の近くの駅の横の電柱のかげに立っていると
これから出かけて行く時は右の方から
家へ帰って行く時は左手の駅の出口から
駅前の果物屋の電燈の光の中に
お前さんの端正な横顔と青い背広がスッと浮ぶ
四五軒やりすごして私はつける
闇の中をツツツと追うて
一二歩のうしろに迫ってもお前は気がつかぬ
学者らしい、思想家らしい重々しさで、すこし右に傾けられたお前の頭の中には
これから出かけて行った先での講演や討論で
人々を教え説き伏せ言い負かすための方法や、
帰る時には今日一日の自分の指導や講義や交渉が
どんなふうに成功し、効果をあげたかの満足と
妻と子供がどんなに温かい御馳走と、ほほえみを用意しているかの期待などをつめこんで
スッキリと長い脚を気取らぬふうにユックリと気取って運ぶ。
暗い町の四つ角のあたりで
夜におびえて帰りを急ぐ女学生か女事務員
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