ではない
ただこの私、この私――緑川美沙という一人の腐れ女が
ただあの男――山田教授という一人の男といっしょには生きておれない
あの男を、かつて尊敬し、信じ、愛した気持の高さと
同じだけの深さで今あの男をケイベツし、憎み、咒っているという事だ
どんなリクツを持って来ても、どんな理由を持って来ても
これはドカンと私のうちに根をおろしてしまって動かない
もう、しかたがない。

ムックリと一週間のベッドから起き出すと
母からもらった短剣を出して見た
戦争中にトギ屋に出して研いである
突けば心臓を貫いて余りがあろう
青く澄んだ刃の奥に私の顔がうつっている
そこから覗いている眼は冷たく
静かに私の方を見ている
たしかに私は昂奮はしていない
自分でも物たりないほど落ちついていた。
お母さん、あなたのくれた懐剣で
私は人を刺すのです許してください
あなたは一番大事なものはミサオだといってこれを私にくれました

その翌日からお前さんを私はつけはじめた
お前さんのしている仕事と、毎日の動静の全部を
キレイに調べあげた。
お前さんは、たくさんの文化団体に関係したり
政治的な運動にもつながっていて
やれ学校
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