らの闇に立っていて、あなたがたに選んでいただくだけですよ。
値だんも、ただの普通の相場です。
あなたが、これから相手になさる女の中に
耳のうしろの此処だけには、どうしてもキスさせない人がいたら
それが私かも知れません
ここは、あの人がたった一度だけキスをしてくれた所なの
ほかの場所ならどんな事でもおさせしてよ
此処だけは死ぬまで誰にもさわらせません
そうですセンチメンタルですよ、お笑いなさい
お聞きの通りナニワブシのように私はセンチです。
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(ギラリと立ちあがって、ユックリと舞台鼻へ)
[#ここで字下げ終わり]
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そんな次第で
お前さんは安心するがいい
だけど、あんまり安心しすぎて、いい気になるのはよしなさい
なぜならば、殺せないから殺さないのじゃない
いつでも殺せるから、殺さないのだ
それに、私みたいな人間は私だけじゃない
そこらの闇にウヨウヨといくらでも居る
人から物から世の中から裏切られた末に
自分で自分をやぶき捨てて
闇の中で歯をむいている者はウヨウヨ居る。
山田教授は一人ではない
似たような人間は、いくらでも居る
あちらにも、こちらにも、(こちらを指す)そこに! そこにも!
そらそこにも居る!
あなたがたの中に坐っている!
そこに居る! そこに居る! そこに居る!
いいや、あなたがたは、みんな、みんな、そうかもしれない。
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(短剣を右手に逆手に持って、静かに力を入れながら)
[#ここで字下げ終わり]
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いい気になるのはよした方がいい
私はいつでも音もなくお前さんがたの後ろにピッタリくっついて歩いてる
お前さんがたの背中には、いつでも、これが突きつけられている
人間は、薄い袋に入れた三升ばかりの血液に過ぎない。
これでチョイと突っつけばタラタラとなんの苦も無く流れ出して、ドブ水になる。
気をつけなさいよ!
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(音楽)
(くずれるように美しい媚笑)
[#ここで字下げ終わり]
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…………といったようなお話ですの
ホントだと思ってくださっても、
ウソだと思ってくださっても
どうぞ御自由に!
長々と、ごたいくつさまでした。
それより、チットはおもしろございまして?
私の話はこれでおしまいでございます
ありがとう存じました(辞儀)
ありがとう存じました(他の方へ辞儀)
[#ここから4字下げ]
(そして、激しくなったダンス音楽に乗って、全裸をユラリと動かす。手に持った短剣が邪魔になるので、そこらに捨てようとするが、思い返して、その抜身のミネを、口べにの濃い唇にツイとくわえて、盛りあがって来た音楽に、腰の方からウネるように全身を持って行く。
その、白い蛇のようなからだが、急速にキリキリと炎のように、よじれて、まわりはじめる――音楽)
[#ここで字下げ終わり]
[#地から1字上げ]――幕――
[#地から1字上げ](一九五〇年五月)
底本:「三好十郎の仕事 別巻」學藝書林
1968(昭和43)年11月28日第1刷発行
初出:「群像」
1950(昭和25)年7月号
入力:伊藤時也
校正:伊藤時也・及川 雅
2008年12月12日作成
青空文庫作成ファイル:
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