のがそんなものじゃないのかしら。
お前の人格や暮しの事を二重三重四重と私は思ったけれど
そのどちらもが、お前に取ってホントなのじゃないのか。
ここでそうしているお前も、ほかでああしているお前も、どちらもホントで、
そういう人間がお前なんだ。
転向前のお前も、転向後のお前も、それから転々向した今のお前も、
どれもこれもお前にとってホントだったのだろう
そういう人間でお前はあったのだ。
弱い、もろい、そして何かの手で気まぐれに作られた人間が
生きて行くことに耐えて行くためには、
誰しも実は、たいがい、そうではないのかしら?
お前は、ただの人間だ。
たくさんの、ほかの人間と同じように、ただの人間だ。
それを、特別の人間みたいに思っていた
そのために私は腹を立てて、憎んだ、こんなに。
そうだっけ!
いいえ、あたしは、それでもお前を許しはしない
許しはしないが、憎むことは、もう出来ない
憎んではいるけれど、前のようには憎めない。
殺してもよい、しかし、殺しても、つまらない
満足し、ダラリとなったお前と女を、節穴の中に残して
私はションボリ、うちに戻って来た。
私のうちで、妙なことが起きてしまった
何かがポキンと折れた
お前を憎み殺してやる気がなくなったら
それといっしょに、何か別のものまで折れてしまった
つっかい棒が[#「つっかい棒が」は底本では「つつかい棒が」]なくなった
自分がフラフラと宙に浮いているような気がする
べつに悲しいのでも苦しいのでもない
ただポカンとして、死んでもいいなと思ってる
だけど、なんだか、それもメンドくさい
[#ここから4字下げ]
(ダラリと、全裸のからだを、椅子をまたいで投げかける。……全く空虚になった眼が、なにも見ていない。……間。……ゆるやかな音楽が、潮ざいのように遠くから近づく……)
(うっすらと視線を寄せ、すこしかすれた低い声で)
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
……そうなんですの
ごらんの通り、キレイに裸かになってお目にかけましたよ
いいえ、そんな深刻そうな眼でごらんくださる必要はありません
ホントに、ホントに、私の気持はそんなに深刻なものでも、暗いものでもありません
ここまで洗いざらい申し上げた末にウソを言ったり、誇張してもしかたがない
私は明るく自由で、自分自身からさえも解き放たれています
私を引きとめたり、しばったり、けしかけたり、がんばらせたりするものは
今はもう何一つとしてありません
私をおびやかしたり、こわがらせたり、追いつめたりするものは、この世の中にはないのです
私の夜ごとの夢に現われていた兄さんも徹男さんも、もうサッパリと出てこなくなりました
私は泥のように、よく眠れるようになりました
私はこれまでのように頭痛がしなくなりました
私は空に浮いたひとかたまりの雲のように自由です
なぜならば、私はヤット人間を見つけたのですから。
人間は虫ケラにソックリ似たもので
そして虫ケラにソックリ似ていても悪いことはすこしもないと思うようになったのですから。
人間は、ケダモノが信用ならないように信用できないものですけど
しかし人間は、もともとケダモノなんだから、それでよいのだと気がついたのですから。
なまいきな「英語」で言って見ますならば
人間を否定しよう否定しようと気張って来た私が
妙な事から人間を肯定するようになったらしいのです
そうなんですの
ところが、否定していた間は、とにもかくにも生きて来られた私が
肯定したら、その時から、セッセと生きては行けなくなった
人間を憎い憎いと、まっ黒こげになっていた間は
生々と人間らしく暮して来られたが
憎しみや悪意が私から消えた時から
ガッカリしちゃって、チャンとした人間でなくなったのです
人間は、なにか、とんでもないものに支えられて生きてるものじゃないでしょうか?
いいえ、人さまの事は知りません、この私という人間は
はじめから、何かまちがっていて
人さまとはアベコベなのかも知れません
こんな女も居るのだとでも思って下さいまし。
こうなれば、こんな所で踊っていてもつまりません
永々と皆さまのお世話になって少しは名残りも惜しいのですけど
このへんが潮どきでございましょう。
芸人づらの、高級ぶってダンサアしてるのは客引きの張店で
人をも自分をもゴマカシているイヤらしさにも飽きました
眉毛をもうすこし長く引き、口紅をもっと濃く塗って
チュインガムをクチャクチャかみながら鼻唄うたい
気楽にただの普通のPさんで
世間の波に沈みます。
いろんな男を相手にして来たカラダです
いずれ行く先きは知れています
これまでは、私を選んで下さるあなた方の中から
私が選んでお相手をして来ましたが
これからは、たくさんの女の一人として
そこ
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