いた
いつ起き出して、いつ眠って、いつ食べたか
なにも感ぜず、なにも考えず
ミクロメエタアと取り組んだ
そのために、全工場の模範突撃隊員として、
なんども表彰されたが
そんな事はどうでもよかった
空襲はますます激しくなって
工場は吹き飛び、人々は死ぬ
私の血走って、すわってしまった眼の前には
いつでも徹男さんが来て坐って
「待っていろ、待っていろ」とばかり
あの人の仇を打つような気で働らいた
そうだ、ホントに私は気がちがっていた。
死も生も爆弾も血も
すべてが私を既におびやかさなかった
私は白熱しきって凍りついてしまった炎であった。
そこへ終戦が来る
終戦。――世間では終戦と言う
日本語のおかしさと、そんな日本語を使って
自分の神経をごまかしている日本人
恥じるがよい、
それは敗戦であり、降伏だ。
私どもの工場の火は消え、物音は止む。
しばらく前から工場では降伏の噂がひろまっていたから
八月十五日は、かくべつ意外な気はしなかったが
それでいて、いよいよそうなった瞬間に
思いもかけない深い影と静けさをともなって
それは私たちの上に落ちて来た
人々は抱き合って泣いていた
また、人々は茫然として空を仰いでケラケラと笑っていた
もっと深く傷ついた人たちは泣きも笑いもせず
自分の眼の前をジッと見ていた
次ぎの日から私は寝こんでしまった
いっしょに住んでいた先輩の女優はズッと以前に
はげしくなった空襲に耐えきれず
遠い田舎に疎開していて、
一人きりのガランと何もないアパートの部屋に
泥のようにコンコンと私は眠った
病気ではない、ただの疲れでもない
だけど、どんな病気よりも、どんな疲れよりも重くのしかかって来る
ものに押しつぶされ
半月ばかりして起き出してからも
私の頭はなんにも考えられなかった
しばらくすると貯金がなくなる
持ち物を次ぎ次ぎと売っては食って、
今はもう着ている物以外に何一つ残らぬ
食う物がなくなれば水だけで三日位は動かずにいる
それでも、どうしようと言う気は起きない
国の母には既に金はなく
しばらく前から私の方から暮しの金を送ってやっていた
今は病気で寝ていると言う
これを考えても、どうにかしなければならぬとも思わない
部屋代を払わないので、アパートからは矢のように追い立てを食っている。
それでも私の日々はウツラウツラと
ただ白い紙のように過ぎた。
だから、戦争が終って三月たった秋の末に
私が山田先生の内を訪ねて行ったのにも
かくべつの目的が有るわけではなかった
ヌケガラのようになった自分のからだを
なんとなく、そこへ運んで行って見たと言うだけ。
山田家の空気は以前とチットも変らない
「ずいぶん痩せたわねえ。でも、まあお元気でよかった」と
出て来た奥さんも子供さんも
前と同じに明るく人なつこい
先生の書斉に通されると、先生は笑って振り向いて
「美沙子君か、どうしていた?
なんだか顔色が悪いが、どうかしたの?」
「はあ、いいえ別に――」と私が答えると
先生は深くも問いかけず
そこに前から来ていた四五人の客の話の中へ戻られた
ソッと坐って見まわすと書斉も以前と同じだし
来客たちの様子も以前の研究会に似ている
ただそこには徹男さんが居なくなっただけだ
妙な気がした、私は何か夢を見ていたのだろうか?
気が遠くなるような気持で私は
先生と来客たちの話に耳をなぶらせていた
そのうちに、私にだんだんわかって来たことは
すべてが以前と全く同じでありながら
すっかり変ってしまったと言うことだ。
はじめそれがわからなかった、わかる筈がない
先生と来客たちが盛んに論じているのが
地区委員会の組織というような事らしい
山田先生の話しかたが一番ハッキリとして元気がよい
客の中の一人の四十過ぎの、あまり口は出さないで
ただニコニコとしているのは
刑務所から出て来たばかりの人らしい
「しかし、地区の組織を確立する前に
党員としての資格の線をどのへんに引くかという問題だなあ
それが決定しない限り、戦争中の個々人の戦争協力という点で
非常にデリケイトな問題が出て来ますよ
本部ではそのへんをどんなふうに考えているんですかね?」
三十過ぎの頬骨のとがった人が言うと
山田先生が、あの美しい微笑を浮べながら
「そりゃ、まったく、そうだ
たいがいの人が戦争中それぞれの形で
最低の抵抗線をどこに引いて、
どんな方法でそれを守るかという事では
みんな苦しんで来ているんだからね。
さしあたり僕なんぞも厳密にいえば
戦争協力の責任をまぬがれない。
しかし又それだけに、考えようによっては
そのような責任を強く感じている人こそ
今後の自分の活動に対して、他よりもより忠実になり得るだろうし、
その反対の人もいるだろう」と言っている
ハッとした私は!
死んだ兄を思い出した、死ん
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