切って
御存じのストリップ――皆さま見飽きていらっしゃいましょうが
まあ、しばらくごしんぼう下さいまし。
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(音楽が変る)
(美沙、ユラリと椅子から立って、不意に自分だけの想いに、つかれ、遠い所を見ながら、階段の下を一方の方へユックリと歩いて行く。……立ちどまって、こちらを見て、サッとはにかんで、持っていた金色の羽根扇をパラリと開いて、顔をかくして、手元の骨の間から客席を見る。その片頬にさざなみが寄せるような嬌羞のほほえみ。……やがて扇を胸にさげる)
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どう言えば、よろしいのでしょう?
イライラ、イライラとここの所を
ゴムひもでくくられて、つるしあげられて
グルグルと振りまわされているような、
足が地につかないで、あがいてもあがいても
雲ばかり踏んで、胸がドキドキするばかり、
はがゆいようにウットリして、
恋とも愛とも自分では気が附くものでございますか
それに戦争でございます、空襲です、
一人々々の心の奥の出来ごとに、
人も自分も気が附く暇もありません。
煮えくりかえる釜の中で
ただもうボーッとしていたのです。
皆さま、とくに御存じの、こんな女の私が
持ってまわった恋物語でもありません
ズケズケとかんじんの所だけを申します。
その人は徹男と言いました
苗字は――まだその人の一族が、たくさん東京に居りますし、
さしさわりがあるといけませんので申し上げません。
昔の私の先生で、名前をいえば
多分みなさまもいくぶんは御存じの
進歩的な社会学者の、弟でした。
仮に山田としておきます。
山田先生――山田教授――の弟の
山田徹男。
口数のすくない静かな人で
それでいて、いつでも怒っているように激しいものを持っていて
顔色の青いのも、内から燃えて来るものを、
押えているせいです
ただ眼だけが時々やさしい眼になって
濡れたようになるのです……
いいえ、あの人の顔や姿を語るのはやめましょう
たまりません、耐えきれません私は。
イヤです、痛いのです。どうしよう?
今でも、夢の中までも
われとわが身をかきむしるのは
それほど好きでも死んでもいいと思っていたあの人に
私が私をあげなかった事だ。
世の中もあの人も私も忙しかった
息せき切って駈けるような日暮しで
ユックリ逢っている暇はなかった、
しかしその気がありさえすれば
駅のほとりの立ち話しのコンクリートの壁の片かげで
空襲でかけこんだ防空壕の奥の闇で
面会に行った兵営の隅の草のかげで
私をあの人にあげられなかった筈はない。
からだの奥でカッとなって燃えていて、
取ってちょうだい取ってちょうだいと
心が叫んでおりながら、
私自身がそれをそうだと気が附かなかった、
あの人もまた私に求めておりながら
それをそうだと気がつかず
それを取るスベを知らなかった、
そしては、やさしい深い良い眼をして
私のからだを包みこみ、
包みこまれて、私はブルブルふるえていたっきり。
そうだ! あげなければならない人にはあげないで
この通り、与えたくもない人に与えてる!
自分の真珠を王子さまにはあげなかった小娘が
あとになって、そこらの豚に手当りしだいに投げてやってる。
おわかりになりますか? なりますね?
こうして此処に立っている私はなんでしょう?
やめろ!
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(同時に音楽パタリと中断。美沙、再び椅子に行き、自分をおさえるように腰をかけ、片手をあげて、熱した額と両眼をしばらくおさえている。盛りあがった白い胸が大きく息づき、額にあげた片腕の、わきの下のくぼみの黒さ。……間。……白い塑像は動かない。やがて、フッと片手を眼からおろす。泣いているかと思えたが、あげた顔はえんぜんと笑っている)
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私としたことが、ツイのぼせあがってしまいました
泣いたり笑ったりの合いの手を入れていたのでは
話のヒる時はございません
バタバタと、形容ぬきの電報式に申しましょう
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(酒をつぎ、カプッと一口に飲みほして)
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ほっ! ごめんあそばせ。
私は、南の国の小さな城下町の生れです。
裁判所につとめていた父を早く失い
旧藩士の家から出た母のもとで一人の兄といっしょに育ちました。
兄は、たいへんまじめな、きつい性質で
学生時代に左翼の運動に熱中し、
ケイサツにつかまって二年の刑を受けて、
出て来た時はスッカリ胸を悪くしていて
それから三年寝て暮した末に
戦争がはじまって間もなく死にました。
兄は私を、しんから、かわいがってくれました
それも普通のかわいがり方ではありませ
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