ヒ。なんという内だね?
金吾 黒田さんという内でやすけど――?
魚屋 黒田? 黒田なんて内は無かったなあ。
金吾 そこの内にいる春子さまというんでやすけど、さっきからいくら捜してもわからねえんで。
魚屋 春子さんというと、その内の御主人かね? いくつ位の人かね?
金吾 もう四十を越した人で、十六七の敏子さまという娘さんと御一緒だろうと思いやすけどね。
魚屋 わしはこの辺でもう二十年も魚屋をやっていて、たいがい知らねえ事あ無えけんどなあ……ああ、もしかするとあの内かな? いやね、もうあれは十五六年も前になるかな、たしか黒田さんという学者の人が住んでいたことがあった。さしみが好きでよく取ってくれたっけが――しかしそれだと、もうあれから二代ぐらい代変りで、今では石川さんという標札が出てるよ。なんでもセメントとか軍需品の工場かなんかやっている内だ。又なんだか知らんが満洲へんでゴタゴタが起きたらしいんで、そ言った内では景気が良いらしいや。そこのほかにゃ心当りはねえな。ま、そこい行って聞いてごらんなさい。
金吾 そうでやすか。石川でやすね?
魚屋 (カタカタと歩き出し乍ら)うむ、直ぐそこのあの角の
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