ナもよ、富士のお山に積りに積った雪でさえもだ、朝日が照れば溶けるつうだ! だのによ、だのに、女の心はなぜ溶けねえ、豊ちゃんの前だがよ?
お豊 なぜ溶けねえと言いなしてもさ――だからさ、その春子さんというお嬢さんは金吾さんのそういう気持、まるきり御存知ねえと言うじゃありませんの? 朝日が照りゃこそ雪も溶けようけんど、知らねえもなあ、これ、しょうねえわ。
壮六 しょうねえと言えば、しょうねえわい。はじめっから、あんまり身分が違いすぎら。峯の白雪、麓の氷と言うけんど、まるでどうも、当の金吾の野郎が、まるでへえ、オコリに取っつかれたみてえに、その春子さまにおっ惚れたくせにそいつをおっ惚れたんだとは自分でも気が附かなかった加減が、うん。あれから今日まで四年近く、こんだけ仲の良い俺でさえ、そうとハッキり気が附かなかったんだ。それがさ、おとどし俺もカカもらったし、金吾お前も嫁もらえと、馬流の姉さんともども、いくらすすめてもイヤだつうんで、なぜだてんで、問いつめ攻め立ててるうちに、そいつがわかって来た。可哀そうともいじらしいとも、しまいに俺あ腹あ立って来てなあ。
お豊 (ホロリとして)ほんとにねえ!
壮六 はじめっから、手のとどかねえ高根の花だ。大の男でねえかよ、思いきりよく嫁取りする気になってくれと、附きに附いて言うが、へえ駄目だあ、あんまり言うと怒り出す始末でね。今度も、実あ久しぶりに俺あ、試験場が四五日休みになったんで落窪の奴の所に行って見ると、雪に降りこめられた一軒屋の火じろにもぐり込んだまま春子さまがフランスから送って来たエハガキをマジリマジリと見てけっかるじゃねえか。酒でも飲まさねえとこいつ今に気が狂うと思ったもんで、ひっぺがすようにして、こうして海尻くんだりまで連れて来たわな。
お豊 エハガキをねえ? だって、その春子さんと言う方あ、向うでお婿さんと御一緒でしょうが? それがヌケヌケと金吾さんにヱハガキを送るとは――いえ、御当人は御存知ないのだから仕方は無いけどさ――でも、いかになんでもムゴイわねえ!
壮六 だらず、お豊さん? 俺の言うのも、それだわな! そりゃ、知らない事だと言ってもだ、こんだけの金吾の思いが、ツンともカンともまるっきし通じねえと言うのは、あんまりムゴイぜ。いくら身分ちがいとは言っても、こっちは若い男で、向うは女だらず? え? おなごの心なんて、そったら冷てえもんかよ、豊ちゃんの前だが?
お豊 だけんど、どうしてまた、あんだけしっかりした人が、選りによってそんなお嬢さんなどに思い附いたもんだろうねえ? ほかに良い女が居ないわけじゃ無いだろうに――、
壮六 だからよ、ひとつなんとかしてくれよ、頼まあお豊ちゃん! お前はこうやってツトメこそしているが、内のおかつの学校友だちで、気心はチャンと知れてら。おかつも豊ちゃんなら金吾さんのお嫁さんにゃ打ってつけだと言うしよ。うっちゃって置けば男一匹、気ちげえになっちまわあ。お豊ちゃん、よろしくひとつ頼んます!
お豊 そんな事言いなしたとて、困りますよう! こんな事と言うもんは、そうそう考えた通りになるもんでねえんだから。
壮六 そんな事言わねえで、頼まあ豊ちゃん! 金吾をひとつ、男にしてやってくんなんし! そいで、春子さまなんずの情知らずを見返してやってくれ。こん通りだ!
お豊 あれ、そんなお辞儀をされたりしちゃ、困りやす。お前酔ったな壮六さん?
壮六 酔っちゃいる。だけんど、こいつは酔ったまぎれに言ってるこっちゃねえのだ。うるさく言うようだが――
喜助 (一つ置いた隣りの室から、酔った声)うるせえよっまったく! よそ土地の人間が、海尻へんまで出ばって来て、土地の女をくどかなくともいいだろう?
おしん まあまあ、喜助さん、そんな大きな声出さずとも――(あとはよく聞えぬが、いろいろ言いなだめている)
喜助 大きな声は地声だあ! 誰だと思う――お豊を出せ! お豊を連れて来うっ!
おしん お豊ちゃんは、だから、今お座敷に出ているから――
喜助 お座敷と? へっ、芸者々々と芸者づらあしても、二枚監札のダルマだねえか? 気どるねえ! 第一、農事試験につとめているかなんか知んねえが、馬流へんの小僧っこに、この土地を荒されてたまるけえ!
おしん まあまあ、喜助さんよ、ひとつ飲んで――(と、こちらへ聞えるのをはばかって、しきりとなだめて静まらせる。ガタンと言わせ、ブツクサ言いながら酒を飲むらしい)
壮六 (こちらでは、カッとなったのをおさえて、かえって低い声になって)ふふ、馬流の小僧というのは俺がことか? どうも、さっきから、なん度からめば気がすむんだ?
お豊 まあまあ、かんにんして壮六さん。喜助と言ってね、この町でバクチ打ったりして、うるさい奴だから、がまんしてね。
壮六 うむ。……(酒
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