が、ちがうと言うの! わからないのかなあ、春さんには?
春子 だって、私がそうしたいと思って、私自身が望んですることなのよ?
敦子 ちがいます! 春さんは、そうすればパリに行けて、華やかな外交官夫人みたいな生活が出来るから、そうしたいと思っているだけで――
春子 まあ、ひどい! いくら私が浅はかでも、そんな、ただそれだけでナニするなんて――
敦子 いえ、いえさ、そりゃ、それだけだって、言やあしないそりゃ敏行さまに対してチャンとした気持が春さんに無い事は無いと思う。しかしね。しかしよ、その……敏行さんの事を、春さん、それほど思ってやしない。断言する私! 違ってたら私、あやまるわ。けど、私春さんのためにシンケンで言ってるのよ。……ね? それほど、敏行さんでなければいけないと言う程、春さんは思ってんじゃないでしょ?
春子 ……そうよ。
敦子 そら、だから、そんないいかげんな――
春子 だって、いいかげんだか、どうだかがどうしてわかるの? 男の方とはただいろいろとお附き合いをしていただけですもの、深いことは私にわかりゃしないわ。
敦子 だって自分が結婚しようとする相手、つまり男性――男として、どの人が自分にふさわしいか、つまりホントに好きかと言う事よ、それを選むのに――
春子 ですから、それがどうして私にわかるのよ? ただ、なんとなく好きだから、好きだと言うだけでしょ? 私と言うのは、そうなのよ。敦さんなど、そりゃ御自分の性質がシッカリなすっているから――いえ、お世辞じゃないの――どの方が好きでどの方が嫌、同じ好きでもこの方はこういう意味と言うようにチャンと敦さんにはわかるんでしょう? だけど私はそうでないの。ダラシがないと言われれば一言もないけど、ただ何となく好きになったり――いえ勿論、嫌いな人は、そりゃハッキリ嫌いなんだから、誰でもいいと言うわけじゃ無いけど、私に好意を持ってくださる男の方のことは、私の方でもなんとなくうれしくなるの。それだけよ。浮気なのかしら、と自分のこと思うこともあるけど、うれしくなると言うのは、そういう意味じゃないの。ですから、ホントは私はお父様が一番好きよ。だからいつまでもお父様と二人きりでおれれば、結婚なんかしなくってもいいの。しかし、そういうわけにも行かないでしょ? だから敏行さんに決めたのよ。お父様の次ぎに私の好きな男の方が敏行さんだったから。わけはそれだけなの。それ以外にはわけはないのよ。いけない? でも仕方がないの。私って、自我と言うものが無いのね。生れつきかも知れないし、甘やかされてばかり育ったせいかもしれない。とにかく、こうだもの。仕方がないじゃありませんの。……ね、もうかんにんして! もう、かんにんしてよ敦子さん!(泣いている)……私のことをそれほど心配して下さるあなたのお気持よくわかるの。それから、それほど私のことを考えて下さる香川さんのこともありがたいと思うの。香川さん、今度ご一緒にここに来て下さったのだって、どういうお気持だか位、いくら、私が馬鹿でも、ちっとはわかるわ。でも、敏行とはああしてお約束したんですし、今度父と一緒にフランスに渡ってナニすれば私はもう敏行の妻なんですから。……ね、かんにんして敦子さん! 香川さんにも、かんにんして下さいって、あなたから、よく言ってね!
敦子 …………
(相手の言葉のあまりの真卒さのために、なにも言えなくなっている。遠くで山鳩が啼く。……クスンと言わせて涙をすすりあげて、言葉だけは元気よく)いいわ! 春さん、もう泣かないで。わかった!
春子 わかった? かんにんしてくれる?
敦子 (不意に涙声になって)かんにんしてあげる。でもね、じゃ、ここに居る間だけでも香川に、春さん、やさしくしてあげてね。お願い。
春子 うん。(泣き出している)うん!
敦子 なんなの、泣き出したりして? さ、じゃ、川の方へ行って見ましょ。ね、もう言わないから、ほら、春さん!(手を引いて立たせる)フフ!
春子 フフ!(泣き笑い。二人肩を抱き合って、下の方へ、下生えを踏んで歩み去る。……その消えて行く足音)

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山鳩の声。川波の音が風に乗って流れて来る。
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香川 ふっ! ……(ガサガサと言わせて炭焼ガマから這い出す)ふう! ……(立って、二人の後姿を見ていたが、やがてカマをめぐつて五六歩あるき、なんとなくビタビタと泥の肌を叩く)うむ。……金吾君!
金吾 ……(カマの中でゴトリと言わせるだけ)
香川 おい、金吾君!
金吾 ……へえ?(くぐもった声)
香川 聞いたろ君も、今の二人の話?(返事なく、カマの中でコトンと音)……へっへ! そうなんだよ僕は。……そいで春子さんを追っかけて来たんだ。へっ! 滑稽だよ! え、金吾君、滑稽に見えるだろ僕
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