、お父ちゃん。田舎の方がいいなあ。
金吾 うむ……
老婆(衰えたシャガレタ声で)あのねえあんた方、これを買ってくれませんかねえ、これはあのこわたり[#「こわたり」に傍点]の珊瑚珠ですけどね。
金吾(びっくりして)何でやす?
老婆 こわたりの珊瑚珠ですけどね、買って下さいよ。金はいりません。なにか食べるものを持っていらっしゃったら、なんでもいいから、少しでいいからそれを下さいな。いえ、小さい孫が病気でしてね、何とかして牛乳を手に入れようと、いくらそこら中を探し歩いても見つからないし、オモユでもと思っても一粒もお米はないし、もうこうなったら何でもいいんですから――
金吾 そうでやすか……そいじゃ、これを――(と懐から袋を出して、その中からホシイをつかみ出す)金太、そこに紙があるべ。
金太 あい。(紙の音)
老婆 ああっ! ありがとうございます! ありがとうございますよ!
金吾 たんとは上げられねえ。……いえ、珊瑚珠なんず貰ってもしょうがねえから、ようがすよ。
老婆 ありがとうございますよ!(手離しでオイオイ泣き出す)これで孫が助かります。そいじゃ――

[#ここから3字下げ]
(その紙包を両手で持って、泣きながら、横丁を走って去る)

遠くで、ダダーンと高射砲の音。また歩き出す金吾と金太郎。
[#ここで字下げ終わり]

金太 ……いやだなあ、お父ちゃん。
金吾 うむ……(歩いて行く二人の足音。このあたりからボツリボツリと通りすぎて行く人の気配がしはじめる)
中年の男(これは酔っているのか、やけくそなのか、フラフラと歩いて来ながら、衰えた、しかし、何か投げやりな声で歌をうたって、金吾達とすれちがって行く)ああ、ああ、あの声でエ……(二節ばかり歌って、ひどい嘲笑をこめた声で)天皇陛下ばんざーいっ!
金吾 ……(立止って)ええ、ちょっとうかがいやすが、銀座の方へはこちらへ行ったら出やしょうか?
警官 銀座? そうさねえ、この電車の線路について真すぐ行くと新橋の省線のガード下をくぐるから、そしたら左に折れて行くと銀座だ。
金吾 どうもありがとうございやした。(また二人は歩いて行く。そこへだしぬけに、近くで空襲警報のサイレン。遠くで、言葉のはっきりしないラジオの叫び)
警防団員二(ちょっと離れた所で)待避! 待避だ! 待避!

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あわただしく駈け出した二三の靴音。
[#ここで字下げ終わり]

通行人(男)だけんど、空襲警報はもうさっきから出しっぱなしになっていて、そんでまたサイレンだから、警報解除じゃねえかなあ?
警防団員二 そんなこたあ、近頃めちゃめちゃになってるんだよ。なんでもいいから待避するんだあ!
金吾(小走りに走りながら)金太、すぐ、あそこに見える横穴にとびこむんだ。
金太 よし!(二人トットと走ってどて[#「どて」に傍点]の横に掘った穴にとびこむ)ふうっ。
金吾 やれやれ!
三十男(穴の奥から)敵機を一機でも東京の空に侵入させねえなんて、えらそうなことを言ったのは、誰だっけ? 一機や二機のダンじゃねえや。まるでてめえんちの座敷ン中みたいに、ぞろぞろと入ってくるんだかんな。軍部々々と言ったって、近頃じゃそこいら界隈の軍人なんて、戦争するよりも参謀本部に集まっちゃ、物資だとか酒なんか貰って帰ってるそうだかんな、処置ねえの、テンハオだよ。ヘヘ。
別の男 何を言うかっ、俺が憲兵だと知ってそんなこと言うのか、貴様!(ビシッ、バタッと殴りつける。それが穴の中にこもってひびく)
男 まあまあ、そんな――
中年女 いま空襲中なんですから、そんな――
金太 お父ちゃん、ここ出ようよ。
金吾 そうさな……(二人そっと穴を出て、急ぎ足に歩いて行く)
金太 俺もう、東京はいやだ。春子おばちゃん見つけたら、一緒に、すぐ信州へ帰ろうよ、お父ちゃん。
金吾 うん、そうすべ。金太、おめえ腹へったずら?
金太 ううん、平気だ。
金吾 いや、今の内に少しなんか食っとかねえと。水はあったな、そうだ、その水筒の水を飲んで、仕方がねえ、歩きながらこのホシイば食っていかず。さあ食え。
金太 お父ちゃんも食え。(言いながら、水を飲んで、ホシイを噛む)
金吾 ああ、省線の通ってるガードってえのはこれだ。左つうから。……ああ、ここなら、この前来た時通った。金太こっちだ。そこの角を曲って、ちょっと行った、もうすぐだ。(二人小走りに急ぐ。遠くの空を、異様な、ザアーッと言うような爆音がこちらに向って近づいてくる)
金太 あれ、何だろうな、お父ちゃん?
金吾 電車が動き出したかな?……(言ってる間にも爆音は近づいて来て、空を蔽うような激しさになる)
警防団員の声 (近くで)艦載機がやって来たぞう! 艦載機だ! 待避! 待避! 艦載機だあ!(バタバタバタ、バタバタ
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