ノは敏行や香川の賢一さんもいらした。思い出したわ。
金吾 はは、そうでやす。あれからもう随分になりやすねえ。
春子 敏行……香川さん……敦子さま……どうしたんだろう、そうだ、いえ、あの――
金吾 なんでがす?
春子 (何のキッカケもなく不意に涙声になって)駄目ね、私って――違ってる。みんな違ってるの。そうだ[#「違ってる。みんな違ってるの。そうだ」は底本では「遅ってる。みうだ」]、あの時、ホントは私が一番好きだったのは金吾さんだったのよ。そうなのよ。だのにどうしたんだろう、私って、自分の行きたいところへはどうしても行けないんだわ、そうだ、私はあの時に、金吾さんのお嫁さんになってりゃよかった。(とりとめのない、子供らしい、しかし、それだけにひどく真卒にひびく)それが駄目だわ、私と、それからホントの私の間に何かはさまっている。年中それが邪魔するの。そしてそっちの方へ行けない。どうしても私は、私のホントにしたいようには出来ないのよ。死んでしまえば、こうではないかも知れないわね、何故かしら?
金吾 いやあ春さん、そんなことはもうお考えにならねえで。せっかくこうやって、体が丈夫におなりなしたんだから、もうなんでもいいから、もうのんびり構えて――いい歌だなあ!
春子 (涙声)ほんと! まるで沁み入るようだわ。

[#ここから3字下げ]
その間も継続していた「北大寮歌」が大きくなり急速に近づき、敦子達三人の所へマイクが戻る。器量一杯にうたっている三人。
[#ここで字下げ終わり]

敦子 (うたい終って)やれやれ。
金太 おばさん、いい声だなあ! 姉ちゃんよりはうまいや。
お仙 金太め、すぐそったらことを言う。おらよりおばさんの方が歌あうめえのは当りめえずら。
敦子 ははは、もうこんなおばあちゃんになっちゃ駄目。もとはね、歌は、春子おばさんがうまかった。
お仙 だけんど、春子おばさんや金吾おじさんは、なかなかやってこねえなあ。
金太 きっと、崖っぷちの方だぞ、呼ばって見べえか?

[#ここから3字下げ]
その金太郎のセリフの尻にかぶせて、下の県道の奥から、急速に近づいてくるトラクターの、ガラガラという、ちょうど機関銃を打ちまくるような激しい音。
[#ここで字下げ終わり]

敦子 あら、何なの?(ふり返る)
金太 ああ!(これもふり返って)県道をトラクターがやってくらあ、ほらほら!
敦子 ひどい音ねえ!
お仙 春子おばさん、恐がってるずら?
金太 なあに、崖の方なら聞こえやしねえや。

[#ここから3字下げ]
急速にすうっとマイクが飛んで、途中でトラクターの音が一たん消えて、それから風に乗って、また反響がついて激しくなったトラクターの音を伴なって、マイクは崖っぷちの春子と金吾のもとへ寄る。
[#ここで字下げ終わり]

春子[#「春子」は底本では「敏子」] あっ! 戦争がやってくる! 金吾さん、どうしよう戦争がやってくるわ!(飛び上って叫ぶ)
金吾 (これも立上って、春子を抱きとめながら)春さん大丈夫だ。あれはトラクターでね、そんな恐がらなくても大丈夫でやすから――
春子 金吾さん、恐い、逃げましょう、戦争がやってくる!(金吾の腕の中で、身をもがく)
金吾 大丈夫でがす、あれはトラクターだ。そんなに恐がらなくっても、ここでそんなに暴れると、崖から落ちるだから、ここへ落ちれば粉微塵になって死んでしまう。
春子 え?(死ぬといわれて、キョロンとして)死ぬ?(崖の下を覗いてみる)金吾さん、あのね、私もう死んだ方がいい。私死ぬ。恐いから、あんなに戦争がやってくるから――
金吾 死ぬ……そんな春さん、そんなことしちゃいけねえ、あんたが死んだりすると、それこそ敏子さまや敦子さまや、それから――
春子 敏子? ああ、敏子はね、敦子さんの甥の杉夫という子と結婚することになっているの。好き合ってね、だから敏子のことは安心なの、心配いらない。私はもう死んだ方がいいの、生きているとみんなに心配ばかりかけて――だから死ぬ、離してよ。
金吾 いやあ春さん、あんたが死ねば俺も――
春子 金吾さんも死ぬ? 一緒に死んでくれる
金吾 ……(春子の顔をジッと見つめている)死んでもようがす。
春子 うれしいわ!
金吾 だけんど、すると敦子さまや、敏子さまや、その杉夫つう人や、そいから俺んとこの金太郎だとか、お豊さん、壮六、喜助……みんな泣きやす。死んじゃならねえ。
春子 泣くの、みんな?
金吾 泣きやす。
春子 でも、ああして戦争がくるのよ……

[#ここから3字下げ]
(カタカタ、カタカタとトラクターが行く)
[#ここで字下げ終わり]

金吾 戦争が来たって何が来たって、死んじゃならねえ、みんなが泣くだから。
春子 だって、ほら!……

[#ここから3字下げ]
そうやって、崖の上
前へ 次へ
全78ページ中62ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング