ホなすったそうですけどね、金吾さんはしかたなくその金を敏行さまに渡してしまいなすったそうでございます。それで、まあ、敏子さまが金吾さんにお母さまは、もしかすると横浜の敦子おばさまの方か、秩父の方かもしれないとおっしゃったそうで――。ですから実は私、こちらへうかがいませば金吾さんとも会えるかもわからないと思いながら参ったのでございます。
敦子 そう! そうだったの。すると金吾さん、秩父の方へ先きに行ったかもしれないわね。いえ、敏ちゃんの事は私の方で引うけました。どうせ主人がもう四五日もすれば戻って来ますしね。いえ、案外にそういう所の名の知れた芸者屋さんなどでは、そういう事でいい加減な事はしないものです。大丈夫、私にまかしといてちょうだい。ただ、金吾さんはそうやって、勝手もよく知らない東京をウロウロして、ひどい目に逢って可哀想にねえ……なぜ、真っすぐここへやって来てくれないのかしら?
鶴 やっぱり、なんじゃございませんでしょうか、敦子奥様にはこれまであんまり御面倒をおかけしているので、そうそうは来にくいのではないでしょうか? 春子奥様にしても同じことだと存じますけど……
敦子 春さんはあれは特別よ。何をそんなにウロチョロしているのだろう。横田なんていう人からいいようにされて来たことだって、どうも様子が、以前、敏行さんが病気になった時なぞに、横田からお金を何度か借りたのね。それを返せ、返せなければその代りにと言うので春さん、さんざんこき使われたり、いいようにされた。それから、うちの主人の話では、横田がセメント会社を乗り取る時に、株式のことやなんかで、ずいぶんいかがわしいことをしたらしいの。敏行さんが、それを訴えるとかいうことになったこともあるらしいのね。その時の事情を春子さんが知っていて、これが訴訟事件にでもなると、春子さんがノッピキのならない証人になるかも知れないと横田の方では思っているらしいのね。なに、春さんはそんなことを、それ程深く知っているものですか、かりに知っていても、そんな手ごわいことのできる人じゃないのよ。ところが横田の方では、それを恐がっていて、その為に春さんをおさえつけて、世間の表面へ出てこないよう、出てこないようにしているらしいの。秩父のセメント山の事務所なぞに押しこめられたりしていたのが、やっぱりそういうわけらしいの。今度もあるいは春子さん、あすこじゃないかしら。ずうっとせん、春子さんをたずねて私も一度行ったことがあるのよ。そりゃひどい所でね、事務所なんて言うよりまあ土方の飯場だわね。働いているのも荒くれた人たちばかりで、場所だって、あなた、いきなり山の横腹をたちわって、その片隅にその事務所があるんだけど、鉱石を運ぶ、あれはケーブルと言うんですかね、昼も夜もえらい音がしててね……。
[#ここから3字下げ]
敦子の言葉にダブって、ケーブルで鉱石を運ぶ音が、ガラガラガラガラ、ガラガラガラガラ、ガラガラガラ。そして時々、何処かでジャーッという音が、谷あいに反響して聞える。
石ころだらけの道を、こちらから金吾が歩いて行く下駄の音。
[#ここで字下げ終わり]
村山 (若い工夫、酔っている。ゆっくりとこちらへ歩いて来ながら草津節)……お医者さんでも、草津の湯でもドッコイショ! 惚れた病いは、コリャ、なおりやせぬよ、チョイナチョイナ。
金吾 あのう、ちょっくら、うかがいますが――
村山 (立止って、ジロジロ見ながら、まだうたっている)……惚れた病いも……なんだよ?
金吾 東洋鉱山株式会社つうのは、こちらでございやしょうか?
村山 東洋鉱山? うん、そうだよ。
金吾 ええと、で、事務所はどちらでございやしょうか?
村山 事務所はそこだが、今日は山祭りの休みで居残った連中だけで一杯飲んでるから、仕事の話は駄目だろうぜ。
金吾 いえ、あの、春子さま――黒田春子という人が居りやしょうか?
村山 春子――さま? 女かよ? ここは男ばっかりで女はいねえなあ。何をやる人だい?
金吾 さあ、それは、はっきりしませんが――
村山 ああ、炊事場のお春さんかあ! 春子さまだなんて言うからわからねえじゃねえか。お春さんなら居るよ。あすこだ。
金吾 そうでやすか、どうもありがとうござりやした、そいじゃ――(歩き出す)
村山 (歌のつづき)……惚れた病いもなおせばなおる、ドッコイショ、好いたお方と、コリャ、添やなおる、チョイナ、チョイナ――(反対側に消えて行く)
[#ここから3字下げ]
マイクは金吾の足音について行く。飯場小屋の内部から、人々の笑いさざめく声。
[#ここで字下げ終わり]
金吾 (板戸をノックする)ごめんなさいやし。あの、ちょっくらごめんなすって。
[#ここから3字下げ]
返事はなく、内部で若い工夫二三人が「コリャ、コリャ」と
前へ
次へ
全78ページ中52ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング