盾ナやすねえ。私のことで壮六さんとあんたが喜助と喧嘩してさ、その後、私がこうして喜助んとこにかたづいて、もう、こうして子供を二人も抱いてらあ。そいで、あんたはいまだにそうやって黒田の春子さんのために苦労して――
金吾 いや、今度の土地の事は春子さまなんかよりゃ、死んだ黒田先生のこの――
お豊 嘘うつきな金吾さん。わしにはチャーンとわかりやす。春子さんだわ。いえいえ、そいつを、からかおうと言うんじゃねえ。だけんどさ、お前と言う人も、なんてまあと思ってよ。
金吾 お豊さん……すまねえ。……俺あ、阿呆だあ。

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夜の林の方から、フクロウが鳴いて、ションボリ帰る金吾の足の下でプチプチと枯小枝の音。
ザーッと風。
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男二 (信濃追分節の一節を低音に「浅間山さん、なぜ身をこがす」と歌いつつ近づいて来て)あい、お晩で。
金吾 (沈んだ声)お晩で。(二人すれちがって、男二は又歌で遠ざかり、金吾は自分の小屋の方へ、ガサガサ、ピシリと歩く。フクロウの声)

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やがて小屋につき、戸をガタコリ、ゴトリと開ける。
[#ここで字下げ終わり]

敦子 (内から)ああ、金吾さん? やっと帰って来たのね?
金吾 ふえっ? どなたで――?
敦子 (立って土間をこちらへ来て)神山の敦子よ。お忘れになって? 敦子ですよ。
金吾 ああ、敦子さま! そ、そ、それが、どうして今ごろ――?
敦子 御挨拶は後でします。そいで、その春子さんの別荘と山林や畑は、もう売れてしまったんですの? いえ、私ね、春子さんからその話を聞いて驚ろいて、飛んで来たの。え、売れてしまったんですの? 私、こうしてここに五千円準備して来たんだけど、これで間に合うかしら? いえ、あれが売れてしまっては、春子さんも、あなたもお気の毒だと思ってね。
金吾 いえ、あの、まだ――その、あがりなして、敦子さま! 俺あ、へえ、あの、ありがとうござりやす。――(と、支離めつれつに言っている内に涙になって、フラフラッとして土間にドシンと尻餅をつく)
敦子 あら、どうなすったの金吾さん! しつかりしてね、どうしてそんな――
金吾 俺あ、俺あ、俺あ、――(と涙で何を言っているかわからなくなる)

音楽


[#3字下げ]第9回[#「第9回」は中見出し]

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豊子
春子
敏子(幼い少女)
喜一(少年)
お仙(少女)
幼児(ウマウマと言うだけ)
喜助
村人一(男)
村人二(女)
金吾
村人三(男、市造、青年)
村人四(男、中年)
[#ここで字下げ終わり]

お豊 (語り。中年過ぎてからの)
はあ、私がお豊でやす。そうでやすねえ、あれは大正年間でやしたから、もうだいぶ昔のことで、細かいことはみんな忘れてしまいやしたけんど、黒田の春子さまが、その次ぎに落窪に見えた時のことはハッキリおぼえていやすよ。へえ、忘れようと思っても忘れられるものじゃ無えです。実あ私はそん時まで春子さんと言う方とまだ一度も会ったことはなかった。ただ話に聞いて憎らしがっていただけでやして。それが、そん時、はじめて、思いもかけねえヒョンな事で出くわしたんでやすから。……そうだ、初めから話さねえと、わからねえ。
そんでね、そういったわけで黒田さんの別荘やなぞが売りこかされようとしている所へ東京から敦子さまがお金を持ってかけつけて下さってね――いえ、内の喜助も金吾さんのために金を拵えてやるんだと言って変な場所へ飛び出して行ったんですけどね、アベコベにきれいに巻きあげられてしまって、丸裸かになって帰って来ましたっけよ。ハハ、私の亭主と言うものは、そったら人でね。でも心配なので次ぎの朝、金吾さんの家へ行って見ると、その敦子さまが見えていて、そのお金と金吾さんの金を合せて、さっそく先方の横田とかいう人にかけ合って買い取って春子さんに戻してやったのですと。
例の通りの金吾さんですわ。もっとも、あれから、たしか五六年、もっとになるかなあ、その間フッツリ春子さまは別荘にはおいでにならんかった。後から聞くと、春子さんの御主人の敏行さんと言うのが、なんたら株式会社のことで間違ったことをしていたのがバレちまって牢屋に入れられなしたそうで、それに就いては何でも悪い奴等が取りついて、いいようにしていたと言いますわ。そんなことで春子さんは、あちこちとサンザン苦労をなさって、そりゃひでえ目に会ったそうでやす。
しかしそんなことは後になって知ったことで、その当時は私なんず、そうやって一人で春子さんの別荘や山を守っている金吾さんがいじらしくて、春子さんが憎らしいだけでね。私は喜助の所に片附いて以来、もうその頃子供が三、四人いやしてね、喜助はあれ以来バクチの方はフッツリ断って大工の仕事に身を入れて稼いじゃく
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